2014年4月15日火曜日

Heal the world.

どうでもいいこと、と言うよりも考えても仕方のないこと・・・でしょうか。もっともそんなことばっかり考えてしまうことってあると思います。今回はそんなお話しです(付き合い切れませんな、と言う方は無理なさらないで・・・)。

中学生の頃はチューリップを聞き(当時は揚水より好きでした、ちなみに今はどちらも好きです)、高校ではビートルズとR・ストーンズを聞き、その後D・ボウイを聞き、山下達郎を聞き、GONTITIを聞き、ヨーヨー・マを聞いているうちに、年末の紅白歌合戦に出場している歌手のほとんどがわからなくなっていました。美瑛に来てからビル・エバンスやパット・メセニーを聞いている僕ですが、突然見つけたYoutubeのコニー・タルボ(タルボット)が気になって、あれこれ聞いているうちにいいなと思った曲が“Heal the world”。なーんか聞いたことあるぞと探したら、マイケル・ジャクソンの名曲だったんですね。しかも何枚か購入した彼のCDのひとつ、デンジャラスにしっかり入っていて、以前にもお気に入りの曲でした。

この曲がリリースされたのは1992年(録音は1991年)ですから、もう20年以上も前になります。うっかりこの曲のことを忘れてしまっていました。マイケル・ジャクソンは2009年に50歳で夭折。まぁ何と言うか、ただ年を老いてく自分を改めて感じてしまいますね。さて、ここからあれこれと感じることがあるわけですが、まず昨年末か今年のはじめに評論家の桜井よし子氏が、今度の東京オリンピック(2020年開催予定)の頃、世界はどうなっているかという質問に対して自身の考えを語っていました。けっこうな分量だったのですが、記憶に残ったことの一つとして、アメリカがどんどん内政の方に軸足を移し、世界の警察役から距離を置くようになるだろうこと、でした。その分は、大国として頭角を現して来ている中国が担う(つもりでもある)と予想されると・・・。ここで中国がどう出て来るか、その時(あるいはそれ以前に)日本はどうかじ取りしているべきか、ということが本来は重要なのですが、そこは詳しい方にお任せして、アメリカの方に目を移します。桜井氏の説明の中にオバマ大統領の出自に関する部分もあり、これは良家の出身だとかどうとかということではなくて、今まで弱者だった層からの出身者である、ということ。弱者に基盤のあるオバマ大統領は、当然の流れとしてシリアやクリミアではなくて内政(例えばオバマ・ケアみたいな政策)にリソースを重点的に注ぎ込んで行くだろうと言うわけです。
今まではアメリカと仲よくし過ぎると、厄介な戦争にもつき合わされるからほどほどに・・・なんて言っていたのも過去の話で、今は逆にアメリカの方が僕をあんまりアテにしないでくれ、自分のことに時間もお金も使いたいんだ、と言うことになって来ています。

そんなオバマ大統領の政治スタンスは、ポップ界では20年以上も前からマイケル・ジャクソンが歌い上げていたことに、あらためてびっくりしてしまったのです。そんなの1963年にギター1本でボブ・ディランがやってたじゃないか(風に吹かれて、で)と、言うことなかれ。ディランとマイケルでは、出自が違うのです。
大成功を収めた音楽界のアーティストたちは、例えばジョン・レノンでもそうですが、イマジンみたいな作品の中で今も凶弾に苦しむ人がいる世の中に警鐘を鳴らしていますが、マイケル・ジャクソンのようなもともと弱者(貧困層とも言えるかもしれないですね)出身のスーパー・スターもやっぱり同じ世界感で曲を書いている。お金も名声も手に入れて、結局ここに行きつくのは、ある意味とても真っ当なステップなのかもしれません。ただ、マイケル・ジャクソンのこの曲とここ1年くらいの内にどんどんアメリカが市民の基本的な生活の質の向上に向かっていることとが、どうしても無関係ではないような気がするのです。

それは翻って見れば、いずれ中国にもやってくる場面(成熟の過程)なのかもしれません。国民生活やインフラ、周辺地域への緊張をある面犠牲に軍や宇宙開発に莫大な国家予算を使う今の中国ですが、案外遠くない時期に、そんなことやっている場合じゃないぞ、もっと市民の現実的な生活を直視しようじゃないか、ということになる(かもしれません)。もっとも中国はアメリカほどの多民族国家ではないでしょうから、いずれにしても最初はディランの登場となるわけですが、チベット自治区出身者がHeal the worldのような世界感で発信し始める時が来たら、大きな潮流の変化の兆しになると思うのです。

で、それがどうした、と言われると、冒頭に書いた通りどうもこうも何もないんですけどね・・・。あ、ひとつ付け加えておこうと思いますのは、当館「四季」は小さな宿で、自身のホームページ以外にPR媒体がありません。それでも、そんな当館におよそ2割の方が香港や台湾からいらっしゃいます。こう大雑把にしたら叱られるかもしれませんが、アジアのお客様が20%くらい。少しずつですがいわゆる本土の上海や青島や深センの方も増えて来ています。皆さん大の日本好き。そしてたぶん日本人好きです(ですから日本に旅行で来てくれるわけですよね)。海外の方と接する機会って、普段では考えられないくらいに、自分が日本人だと意識する瞬間です。
自分が日本人だと言うことは、これはどうにもこうにも曲げられない事実で、その自分のお国である日本のことを気に入っていただくのは、気持ちのいいことです。せめて当館のおもてなしで「あんまり日本もよろしくないな」と思われるのではなくて、ますます日本好きになってもらえるように接することが自分に課されている、と考えます。

2014年4月4日金曜日

美瑛の丘、最新情報。

ここのところ、丘の様子を書いていませんでした。ホントは一番書きたかったことなのに、1か月半くらいも脱線続きで失礼しました。

美瑛は春がやっと到来する気配があちこちに感じられ始めています。道路の雪は概ねなくなりました。これは、例年通りの几帳面な除雪作業のたまもので、道路じゃない地面には、まだたっぷり(日当たりの良しあしで異なりますが、20~50cmほどでしょうか)雪が残っています。
一番気になる丘(=畑)はと言いますと、こちらは一番春らしさが感じられる様相です。融雪剤を撒いた畑は、その融雪剤の散布された縞模様部分だけ地面が現れて、これはこれでアートに感じなくもありません。地面には秋まき小麦の芽がそのまま顔を出して、緑色が見えるケースも・・・。また多くの畑では、雪解けを待ちきれないかのように耕作の作業が始まることでしょう。丘の景色がドラスティックに変化する季節です。
一方で丘でもない道路でもない部分にも、春らしい兆候がたくさん見られます。代表的なところではネコヤナギの花と、フキノトウ、福寿草の花。それからひなたぼっこに興じるキタキツネたち。キツネやリスのような小動物は、冬はよく見かけます。えーと冬に多いと言うことではなくて、たぶん見つけやすいんじゃないかな、と思っています。春が本格的になると芽が吹き、枝が伸び、若葉が大きくなって、だんだん小動物を見つけるのが難しくなります。冬は枯葉もすべて散って一面の白銀の世界になると、彼らの隠れ場所もなくなってしまいます。

丘をのんびり歩く楽しさは、旅行者ではなくても多くの人が大好きではないでしょうか。本格的な雪解けが待ちきれなくて、お仲間と丘歩き20kmコースを満喫してきたカミさんが言うには「楽しかったー!」とか。雪に閉ざされて除雪の行き届かない道路も、おおむね通行可能になりました。冬の間は野生動物専用路(?)だった道も、いよいよ開放です。
今回は美瑛13線までバスで行き、三沢を横切って千代田の丘へ。ここでPicnicさんのテイクアウトランチを4個と、家で淹れたコーヒーを届けるのが僕の役目で、千代田の展望台でお昼タイム。がんばって拓真館、四季彩の丘、美馬牛小学校へと足を伸ばして、最後はJRで美瑛駅まで帰ってくる欲張りコースだったみたいです。いつも4月は雪解けの水で美瑛全体が水たまりだらけになってしまう様子があんまり好きではなかったのですが、少し丘に足を伸ばせば気持ち良くて、見どころもいっぱい。また大好きな美瑛を見つけてしまった・・・!

春を実感するてくてく丘のお散歩シーズンは、始まったばかり。しばらくするとカタクリやミズバショウも花を咲かせます♪

2014年4月3日木曜日

コピーって、奥が深い・・・!

この1か月ほどあれこれお誘いがあって、これと言った取り柄もないままにあちこちの「場」に出かけています。そんな時、よく出て来るお話しが「今度、こんなことやろうと思うんだけど、何かいいキャッチ・フレーズみたいなの、ないかなぁー」というもの。
現実問題として、やることの中身にはある程度自信があるのだけれど、それをわかってもらうための工夫ができない、とまぁそんな展開です。ゴールデン・ウィークに差し掛かるまで、美瑛の農家も僕ら観光業に携わる人間も時間がありますから、1年間思いためたあれこれの中から、何か始めたいってのがあって、でもそれを広く世の中に知ってもらうための適切なPRコピーが思いつかないというわけです。
そう言えば、自分自身の宿のホームページにもあれこれと宣伝めいたことを書いているわけで、あらためてキャッチ・コピーと言うことに思いを馳せてみました。そもそも僕は語彙が充実しているとは言えませんし、増してや気の利いたキャッチ・コピーとなると腰が引けると言うのがホンネです。

ところで僕が最初にキャッチ・コピーとして認識した一文は西武百貨店の「おいしい生活」でした。ふーんと・・・。でも、なぜか記憶には強く残りました。それからもリゲインの「24時間戦えますか」やJR東海の「そうだ、京都行こう」とか、すごく短いフレーズで、モノやコトの本質を見事に切り取って見せる素晴らしいコピーって確かにたくさんありました。それで、そうだ、京都行こうじゃなくて、コピーの本読んでみようと、僕的にはありがちな展開に進みます。
え、どんな本読んだらいいんだ・・・?元来PRの世界に身を置いたことのない僕にとって、キャッチ・コピーを考える(またはそのよし悪しについて判断してみる)経験がありませんから、尺度(僕自身のモノサシ)がありません。モノサシがないから、仮にキャッチ・コピーを思いついたとしても、それが良いものなのか、ダメなのか、あるいはふつう程度なのかもわからない・・・。で、2冊本を買いました。

そのうちの1冊が谷山雅計氏の著による「広告コピーってこう書くんだ!読本」。この本読んだらもう何というか目からうろこが何枚も落ちた雰囲気。最初の「何となくいいね、禁止」あたりは、そうかそうか、わかるよーってな具合で行ったんですが、だんだん息が切れて来て、真ん中くらいから、その奥の深さに溺れっぱなしに・・・。いやぁー、コピーって深いです。駅からすごく遠いところの住宅地が売れるようなコピーを考えよう、というお題があって、例として
・よく来たな、実感・いい友。
・こんなに遠いんだから、駅が出来ないわけがない。
の2つがありました。どちらがいいかはわかる人にはわかるわけですが、僕はダメな方に行っちゃう。いわゆるコピー考える人の落ちやすい穴に落ちちゃうんですね。

それからさらに、コピーに触れた瞬間「そんなの知ってるよ」と「え、わかんない」と「そう言えばそうだね」の3つのリアクションで、最後の「そう言えばそうだね」と感じてもらえるものがコピーと言うこと・・・。普遍的に出回って新鮮味のないものではないし、ごく一部の天才にしかわからないものでもなくて、あーそうそう、そう言われてみればそうだそうだ!と代弁してあげちゃうフレーズが真のキャッチ・コピー。なるほど、と。

あー、なんだか自分のホームページの文章、ぜーんぶ洗いざらい直したくなってきました。もっともそう簡単に気の利いたコピーで彩ることが出来ないことも思い知った素晴らしい本!Amazonでレビュー見てびっくり。なんと40もレビューがあって、アヴェレージが4.8。いやはや、納得です・・・。

2014年4月2日水曜日

紙の手帳を使っています。

新しい年度です。4月、いい響きですね。5月も好きだな・・・。巷では桜も満開で、なーんて季節でしょうけれども、北海道美瑛町ではそうは行きません。まだ雪の中(けっこう融けて来ましたよー)。その雪の中ではありますが、とにかく新年度が始まりました。自営業と言う職業に就いてから、新年度という概念は若干インパクトに欠けては来たものの、それでも何がしかの影響はあります。

それで記しておきたいことのひとつが、手帳のことです。携帯で何でも出来ちゃう時代になりましたが、実は(そんなこと知ってるって!の突っ込みはなしね)携帯は苦手。もちろんガラケーで(ガラケーの意味ってただ古いって感じです、僕にとっては)、携帯メールもしない(できないに近いかも)。どうしてやらない(できない)かと言えば、そこまでしてやりたくないという気分が優先していると思います。スマートにスマート・フォン使いこなしている人は、僕にとっては遠い人かなぁ。
残るのはPCですが、PCはノートでも何でもメモ取るにはあんまりいい道具とは言えない気がしています。まず大袈裟ですし、さっと取り出してすぐ使える機動力がない(随分早くなりましたが、立ち上がりが遅い)。そして何より場所や相手を選びますよね。軽快にキーを叩くのも、場合によっては良くないことだってあります。つまりいつでもこれひとつで済ますことはできない時点で、手帳の担い手としては落っこちちゃう。
で、紙ベースの手帳ですが、これ、まことにもって使い勝手がいい。
・サイズがいい。
・書いて行って埋まる実感がいい(埋めるの好きじゃないですけどね)。
・記憶にも残りやすい(これはPCに対して大きなアドバンテージ)。
長年(30年以上)使い慣れているって言うのも大きな理由(僕にとって使い勝手のいい理由)であることは間違いありませんが、飽きっぽくて新し物好きの僕が今もって愛用している数少ない生活必需品(?)のような気がしますね。

なんだか、新年度に記しておくのに手帳ってのもいまひとつ関連無い気がしてしまいますが、実は手帳で必須のアイテムが、その年度のカレンダーが記載されたリフィルです。だいたい年末頃から文具店や小ジャレたショップで手帳が出回り始めますが、このカレンダーの手帳(システム手帳)用のリフィルは、新年度スタートのものが圧倒的に多いですね。このカレンダー部分にあれこれ予定を埋めて行くわけですが、リフィルが気に入ったレイアウトでデザインがいいと、とにかく気分がいいんですよね。
なんだか手帳にかなり思い入れているような雰囲気ですが、ここからがケチなお話し。実はシステム手帳用のリフィルって、けっこういい値段します。相当シンプルな物でも500円くらいは平気でしちゃう。ちょっと気に入ったものにこだわると、800円とか1,000円の大台に届いちゃう。1年に1度のことだから(1日あたりにしたら2~3円程度なんだから)と、計算して仕方ないか、とは思えない(うーん、けち臭い)。
ちなみに手帳キャリアも長くなるので例年の傾向のようなものは感じておりまして、年度末になると20%オフとかの気の利いた(売る側も残っても仕方ないでしょうから)プライス・タグを付けたりしますが、何しろここは北海道の片田舎ですから、そんな出来事には遭遇しません。
でもって、システムじゃない使いっきりの手帳は、これが案外安価になってきている。使いっきりの手帳は古くなった(つまり使い終わった)手帳をどうするか(処分するかしないか、処分するならどうするか)が気になっちゃって、やっぱりシステム手帳タイプが好きなわけですが、ぎりぎり待っても安売りに遭遇しないし、ネットで探してもあんまりいいもの見つけられないし(やっぱり現物見て、になってしまう)、そもそも価格に納得できていないし(けっこう執拗に書いてますね)、と思っていたら、なんとネットでダウンロードして自分で印刷するものを見つけました。もちろん実物版で見ることが出来て、かなりの種類の中から選べちゃう。しかも、色合いのチョイスも可能と言うわけで、少々びっくりしてしまいました。今年度は、こちらのダウンロード版を使ってみることにしたわけです。
http://pdc.u1m.biz/?cat=6

さて、この自分で印刷版の難点は、自分でシステム手帳の規格通りのサイズに切ることと、孔を開けないといけないこと。昔どういうわけか専用の穴あけ器を購入していたのでそれを使いましたが、いくつかの大きさに対応できるタイプで、それは即ちちょっとした工夫(というか寸法合せ)しなくちゃいけないタイプ。孔は6個所あるので、ずれないようにきっちり開けるためには多少のテクと、几帳面さが必要です(3個ずつ開けるんですけどね)。えんやこら、と穴開けながら、こんなことやっているもんだからリフィルの売れ行きも伸びないんだろうなぁーとか、そもそも紙の手帳使ってる人っているにはいるけど減ってるよなぁーとか、ネットってなんでもあるなぁーとか、それこそどーでもいいことばかりが頭をよぎる中、無事に12か月分の手帳用リフィルが用意できました♪

2014年3月26日水曜日

春を待ちながら、美味しいケーキに思いを馳せて・・・。

裏庭の雪を、片付け始めた昨日。さすがに腕・肩・腰共にけっこうな筋肉痛が襲い(たぶん明日にはもっとひどくなる予感)、この季節特有のちょっと不思議なあわただしさに包まれています。北海道では春の訪れは4月下旬(あたりではないでしょうか?)。とは言うものの、3月に入ると日は長くなり、雪が融けはじめ、春の予感はあちこちに見つけることができます。そうなると春恋しい気持ちの強い北海道の人たちは、せっせと準備を始めるんです。その一番典型的なものは、敷地内の除雪ではないでしょうか・・・。あと2~3週間も待っていれば自然に無くなってしまうのですが、それさえ待ちきれない。別に邪魔と言うわけでもない場所でさえも、傍目からしてみたら「敵(かたき)」のように除雪に余念がない・・・。大きな声じゃ言えませんが(って力いっぱい書いちゃっていますが)、僕自身は雪景色の美しさは大好きなので、正直雪融けはちょっぴり名残惜しい気分。まぁここはよそ者の僕と、北海道育ちの方との感じ方のギャップは埋められませんし、ましてや生業として農業をやっていらっしゃる方からしてみれば、農作物の出来栄えに大きく左右するわけですから「雪景色が好きです」なんて、のん気なことは言っていられない・・・。

さて、そんな雪解けの進む美瑛は、現在積雪67cm(気象庁データ。3月26日午前3時現在)。ピーク時101cmありまたから、おおむね3分の2まで無くなって来ました。僕が当館「四季」の周囲の雪を片付けているのは、雪がイヤってことは全然なくて、敷地内の春の準備を少しずつ始めたいからです。花壇に花を植えたり、物置小屋に除雪用の道具を仕舞い、自転車を引っ張り出したり、そうそう、今度の冬のために少し薪割りもやっておこうかな。何かとぼんやり暮らしている僕も、この時期ちょっぴり気ぜわしくなるのです。

気ぜわしさにもうひとつ加担して、ちょっぴりお菓子のお勉強を始めたい、と思い立ったこの春。もっともその気持ちは昨年の秋から抱いていました。いつしか当館でお出しするお料理の最後のデザートが、何となく定番化してきたこの頃。季節感を取り入れながら、その時々にこの地で獲れたフルーツを使いながら作る焼き菓子に、自分としては納得できていたつもりでした。
きっかけは1本の映画、晩秋に札幌のシアター・キノで見た「大統領の料理人」でした。次々にスクリーンを彩るお料理とケーキの数々は、もちろん食すことはできないのですが、見るからに!美味しそう。そこには料理(やケーキ)で、出来うる限りの感動を提供しようと言う強い意志が込められていました。僕にとって料理って、感動を得るための何かだろうか・・・?そう考えてみても、明快な解は無いような気がしますが、目の前にあんなに美味しそうな料理やケーキが出て来たら、難しいこと抜きにとっても嬉しいに違いありません。当館「四季」の料理やケーキは、オーナーの自分たちからしてみたら一番の「個性」にしたい部分(いわゆる当館をお選びいただく、大きなファクターのひとつ)ですが、ホンネを言ってしまうと、押し付けでもあります。美味しさの押し付け、いいでしょ(と、自画自賛)。美瑛(はじめ、この道央地区)で獲れる野菜や果物を、ぜひ美味しく召し上がっていただきたい。そのためにこんなお料理とお菓子をご用意しました、さぁお召し上がりください!と、言葉にしたらそんな感じ。ご予約下さった方にお送りするご案内の末尾に、いつも“お腹を空かせてお出で下さい”と書いてしまう私たちは、やっぱり食いしん坊なんでしょうね。

えーとちょっと脱線した気がしないでもありませんが、この1年、お菓子作りの基本に向き合ってみようと考えています。実は美瑛や旭川にいくつかお菓子作りの教室がありまして、ちょっと行ってみたいな、と思う気持ちもあります。でも、その前に基本的なことをもう一度・・・。たとえばホィップやメレンゲの泡立てだって、どこがベストなのかわかっていない気がするんです。この場合はちょっとしっかり目に泡立てて・・・と意識してはいますが、しっかり目ってどこまでだろう?
そんなあれこれがいくつか納得できるようになったら、バリエーションを増やしてみたい。食事の最後にお出しする焼き菓子や冷菓が、そんなにたくさん食べていただけるはずもありませんが、できれば種類が多い方が嬉しいですよね。あれこれちょっぴりづつ。季節感を大事にしながら美味しく、綺麗に。美味しいものって理屈抜きで嬉しいんだ♪これを押し付けないなんて、当館「四季」じゃないですよね!

2014年3月2日日曜日

素晴らしかった、ソチ・オリンピック・・・。



ソチ・オリンピックで総合4位でメダル獲得ならなかった、女子ジャンプの高梨沙羅選手が、ワールドカップ第14戦(ルーマニア)で優勝して今季11勝目を挙げ、昨年に続いて総合優勝に輝きました。
http://topics.jp.msn.com/sports/general/article.aspx?articleid=3507203
まだ5戦残して、ということらしいけれども、14戦中11戦で優勝し、3位までに入らなかったことが1度もない高梨選手が、オリンピックではメダルに届かなかった。数字的な確率からしたら、まず起こりえないくらいに不思議とでも言ったらいいかもしれない領域ではないでしょうか・・・?

4年に1度のオリンピックが、ソチで開幕したのは2月6日。熱戦に次ぐ熱戦が繰り広げられて、23日に閉幕しました。このオリンピックで色々と思わされたことがあるので、個人的なメモとして書き残しておきたいと思います。

【大会前の過熱報道に感じること
冒頭に書いた高梨選手と、女子フィギア・スケートの浅田真央選手は、メディアの大会前にすでにメダリスト扱いだったと言ってもいいくらいです。メディアの宿命は話題性のクローズ・アップですから、実績や人気や調子などなどから、半分は作り話をしてしまう。
一方でメディアから情報を得る読者(僕も含めて)は、その真偽を判断する材料もさしてないままに、程度の差こそあっても期待を膨らませてしまいます。そして実際に競技が始まり、残酷にも(?)現実としての結果が出ると、今度はまたメディアのメディアらしい分析が並びます。
あおるメディアとあおられる読者の狭間で、選手たちはどういった状況に置かれるのでしょう・・・?一面では、プレッシャーは糧になるとも。日の丸を背負わされた選手からしてみれば、個人差はもちろんあれど案外慣れっこなのかもしれないし、そうではないかもしれないし。こればっかりは選手にしかわかりませんよね。ところがメダルと言うわかりやすい結果から推察すると、意外にも注目をそれほど集めていなかった実力者たちが順当に、あるいはそれまでの実績以上の結果を残しています。竹内智香選手なんかは、そんな例かもしれないですよね。
そんなわけで、メディアの注目度はやっぱり行き過ぎていたんじゃないかと思えてなりません。選手の競技スタイルやライバル選手の紹介にとどまらず、選手のプライベートの奥深くにまで踏み込んだ報道が、けして選手にとっていいわけではないことは明らかです。そうまでして選手の私生活を引っ張り出してくる実情は、見る側にも自制が必要かもしれませんね。

【竹田恒泰氏のつぶやき
これはインサイドで出回れば良かったのになぁーと。確かに竹田氏のつぶやきは一理ある、と個人的には感じました。ここ数年の夏・冬のオリンピックメダリストたちが、メダルを噛んで写真に写ることに違和感がありましたし、惨敗後に「いい経験できました」も何か勘違いしているような気がしないでもない。ただ、それは広く世論に流れ出て来るものではなくて、選手(とその関係者)に届けばいい類の内容です。
たくさんのつぶやきの中には、少々上から目線過ぎて鼻に着く内容のものもありました。竹田氏にしてみれば、誰かが言わねば、という気持ちもあったのかもしれません。まぁ起きてしまったことにあれこれ言うのも、安易と言えば安易ですけれども・・・。

【オリンピックと言う祭典は、素晴らしかったけれども・・・
日本人として、日本の選手の活躍ぶりが手に取るように伝わって来て、とてもいいオリンピックでした。また、日本選手にとどまらず、各国のアスリートたちのそれぞれの競技も素晴らしく、技やスピードや美しさを堪能しました。この点について、メディアの果たしてくれたことを、率直に評価したい気持ちです。
一方でちょっとやり過ぎではないのか、と思えてならないのが、感動の押し売りのような展開です。選手はその競技にすべてを賭けて、オリンピックに臨んでいることでしょう。でも、それは他の選手もそうですし、選手じゃなくても人間皆同じです。誰しも人生を賭してそれぞれの暮らしに対峙していると思うのです。曲りなりにも、僕だってそうです。そして比較にならないほど小さな世界ではあるけれども、時に挫折感を味わい、あるいは感激し、嬉しくて涙することだってあるわけです。それを無視して、どうだオリンピック選手のこの人生、この生き様、この立ち居振る舞いに、感動・感激したくてしょうがないんじゃない?と執拗に迫られても、ちょっと引いてしまう。

18日間のオリンピックは終わり、祭りの後のような惜別感が残りました。また4年後、今度はどんな競技を見ることができるのでしょうか。大好きな選手のプライベートを密かに追う、ということが憧れ的にあってもいいのかもしれませんが、スポーツの祭典の見どころは、あくまでも競技そのものだと思いました。

2014年3月1日土曜日

富良野線のありがたさを感じながら・・・


クルマが好きで、運転が好き。そんな僕ですからJRに興味がないかと言うと、実は鉄道の旅も大好き。駅って何とも不思議な空間で、ここからいろんなところに繋がっているかと思うと、わくわくしちゃう。空港も大好き・・・。

あと、2か月ちょっとでJR北海道の江差線が廃線になる事が決まっていて、我が町美瑛を行く富良野線のことが気になってしまいました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E5%B7%AE%E7%B7%9A
それにしても北海道の鉄道の歴史は、炭鉱ラッシュとでも言えばいいのでしょうか、往時の路線図からどんどん目減りし、さらに廃線化していくさまが、あまりにも強烈です。いつのものかわかりませんが、全盛期、2004年、現在(2014年)の路線図を見ると、スカスカになって行くのがわかります。
http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/006/487/46/1/116523042215626946.jpg
http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/006/487/46/1/116523898015612932.jpg
http://www.jrhokkaido.co.jp/network/barrier/maptop.html
1968年(昭和43年)に当時の国鉄諮問委員会が提出したいわゆる赤字83線が、その後どんどん廃線化され(江差線もその一つですけど)、あるいは民営化された後に廃線化されて現在に至る様子は、特に北海道で顕著だと思います。

現在のJR北海道を語る場合に、大きなふたつの出来事が挙げられます。ひとつは国鉄からの民営化です。1987年に6分割+貨物で7つのJRに分けられたうちのひとつJR北海道は、たっぷり(と言えるかどうかはビミョーですが)の持参金(経営安定化基金)とともに民営化されました。しかし、そもそも利用者数と経費から割り出される経営指数は、たちどころにほころびが出てしまう。
ひとつの例として根室本線池田駅から北見駅までを結ぶ、いわゆるふるさと銀河鉄道は、年間利用者200万人を超えていた網走本線時代とはうってかわり、2003年には50万人を切ってしまいます。途中鈴木宗雄衆議院議員の名前も出てきたりしながら2006年に廃線。結局利用者数激減の波はいかんともしがたく、路線バスへと使命を譲る運命をたどりました。
もうひとつのJR北海道のターニングポイントと言うと、2011年5月の石勝線におけるスーパーおおぞらの火災事故。これはJR北海道の民営化スタートの行く末に、起こるべくして起こった人災なのかもしれません。事故はJR北海道の体質に依るひとつの現象ですから(まぁ氷山の一角みたいな)、次々に事故は続いてしまう。果ては安全管理のためのデータ改ざん、元社長の自殺にまで発展。国土交通省も異例の3度の改善命令を発令します。

こんな変遷の末に、最近目にするのは、JR北海道を批判する世論です。存続自体を否定する論点は、安全を確保できない経営体質なんだから、もう止めろと・・・。函館まで新幹線が乗り入れることが決まっていますが(最終的には札幌を越えて旭川まで、ということらしいですが)、新幹線の運営をJR北海道に任せられるのか?という意見も。僕の目にする限り、一個人の、しかもテクニカルな分野に精通しているような人ではない人の短絡な視点に見えますが、シンプルに考えたら事故ばかりの路線を放置できないって言うのもわからないではありません。2012年の日平均利用者数一桁の駅が、およそ400あるうちの118駅もある北海道・・・(ちなみに美瑛駅は240人で、全北海道中113位)。

トンネルのない富良野線を行くJRの横を、国道237号線が並走しています。国道にはバスが運行されている。したがって、廃線に伴い、バスへの切り替え準備が出来ている、とも取れますが、現状はJR、路線バスとも採算に乗れていない(どちらか辞めたら乗るかは知る術もありませんが)。
富良野盆地をとことこと行く富良野線、そして厳冬の真っ白い世界を粉雪飛ばして走る富良野線。どちらも北海道の(そしてこの上川地方の)素晴らしい景観であると共に、地域住民のなくてはならない生活インフラ。都会(札幌とか新潟を除く)から比較すれば、こんな雪国で、冬は止まっているときの方が多いだろう、なんて危惧される意見もありますが、僕の知る限り富良野線が雪で運行を止めるなんてことはありません。いつまで富良野線が走り続けることができるのか、値上げするのか、補てんするのか、本数さらに減らすのか、ノロッコやめるか(夏季に営業する展望列車)、旭川空港まで乗り入れて活路を見出すのか、その合わせ技か、やっぱり廃線しかないのか。

便利で大好きなクルマを運転することが多いけれども、それでも年間10往復以上美瑛・旭川間を利用する僕にとって、できることなら富良野線は存続させていただきたい。乗れば、その利用者はほとんど学生(高校生)と高齢者。
一番の解決策は、利用者の増加なのだとは思う。現実に、あくまでも主観でしかないけれども、旭川市は住みやすい街。医療(国立の大学病院、ほかに総合病院2院)、文化、学校、交通(旭川空港、函館本線)、そして北海道の食。ここに移り住むまで恐れていた真冬の寒さと雪だって、1度暮らしてしまったら全然苦にならない。むしろ本州の真冬の寒さ(家の中)と、真夏の暑さに比べたらはるかに快適なレベル。このあたり、うまく発信しきれていない。

少しずつ少しずつ過疎化が進む北海道の小さな街を結ぶJR富良野線が、消えてなくならないことを期待したい。部外者(ここに(広くは北海道に))住んだこともない人たちから表面的な批判をされてしまうのも仕方がないのかもしれないが、合理的に変えて行くことだけが住みよい街づくりになる一つの答えではないはずだ。