できる、そしてやるんだと決心せよ。方法は後から考えればいいんだから。
と、この言葉にどれだけ背中を押されたか数えられない。有名なエイブラハム・リンカーンのそれこそたくさんある名言のうちのひとつだ。そもそも・・・言っていることには無理がある。こんな道理がまかり通れば、何だってできてしまうではないか。
およそ150年少し前のアメリカで、たぶんそんなことはリンカーンもわかっていたはずだ。それでも・・・、やると決めればできる。方法は後から見つけるんだから、と言い放つだけの何かがあったんだと思う。
科学においてはタブーに違いないのだけれども、科学ではないいろいろな日常の場面で、いかに「できない」ことが多いんだろう・・・?そのことをつぶさに見ていたリンカーンは、やるぞ、と決心することが足りないなぁと見抜いていたんだろう。ともすると「できないよ、なぜかと言うとね」なんて出来ない理由さがし(言い訳)ばかりがうまくなっていたりする。それは押し付けられた中で発するウチは、好きなだけ言ったらいいさ、ということもできるだろう。でも、まさに自らその場に舞い降りた立場なら、出来ない理由なんか探し回っている場合じゃない。それこそ方法なんてなんだっていいから、とにかくやるしかない、と言うことだろうと思う。
当館「四季」にもおよそ10年の歳月が流れました。今になって来た道を振り返ってみると、まさに「できると信じて」いなければ、到底続けられないような日々が多かったような気はします。
現在(2017年3月17日、午前4時半)気温はマイナス4℃。ちょっぴり長い冬も、どうやら峠を越し、長くなった日が春の到来を告げています。2007年4月に、フェリーで名古屋港から苫小牧に降り立った日が昨日のことのよう・・・。別段10年という節目に感慨深くなるわけでもありませんし、10周年記念イベント、なんてことも計画しておりません(なんと、企画力のない!?)。10年は(たぶん15年も)、ひたすら続いて行くうちの通過点のように感じています。明日またここで、美瑛に、「四季」にいらっしゃるお客様がいる・・・そのことが5年先のことはわからないけれども、明日は続く(そしてあさっても、来週も続く)。この継続していく感覚が、なんとも嬉しい・・・。お客様だって飽きることはあるんじゃないかと考えるし、やっている自分たちだって「もういいや」と思うことが無いとは言えない。そうだけれども、それでもやっぱり美瑛が好き。黄色やオレンジを大地にぶちまけたような秋色の北海道は、毎年のように惚れ惚れするほどに美しいし、銀白の丘がブルーやオレンヂに染まる真冬の大地はすがすがしいばかり。4月末からハウスものが出回るアスパラを食べると、つくづくおいしいと思う。
とまぁ、なんだか回想ばかりが続くわけですが、去る13日に、10回目になる確定申告を終えました。1万円に届かないながら、開業してはじめて「所得税」なるものを支払いました。あ、そう言えば消費税を今月中に納めなくちゃね・・・(これはけっこうな負担ではあるけれども、ちゃんとしないとね)!で、所得税なんですが、昨年もちょっぴり支払うことになるだろうなぁと思っていたんだけれども、払わなかった(そこまで所得が出ていなかった)。ちょっと不思議な言い方かもしれないけれど、残念!って感じた。見栄はって、「所得税払ってます」って言いたかった・・・。今回はそれをリベンジできたカタチで、やっと(って誇張して言うほどの額でもないんだけれども)ちょっぴりの所得税を払って、ほっとした。
「四季」が営業を始めた2007年、所得税を払うという将来像は、ほとんど見えていなかったと思う。仕事を手にする(=ウチの場合は集客する)ということの難しさを、何年も思い知らされる時間が続いた。何を続けて何をやめるか、とにかく今のままじゃダメだなぁという感覚が、数年間はあった。
結局のところ、これが良かった的な決定打はなかったけれども、地道に自分の「好き」を可能な範囲で育むことが出来たことが、いつしか経営好転につながって行ったのは紛れもない。まぁ自分たちにはそれしか選択肢はなかった、ということも事実だけれども、続けられたことには感謝しか思いつかない。
来年もまた、所得税が払える程度にはがんばりたい。いつか「所得税をこんなに納めなくちゃいけないなんて、たまりませんよ」とかなんとか言えたらいいなぁと、今は思うけど・・・、そういう立場にホントになったら、まっぴら御免だと思うのかもしれないですね!
新年度が、まもなく始まります。「四季」にもまた、新しい年度がやって来ます。初心に帰って襟を正して、背伸びしないで・・・2017年度もいい年だったなぁにできますように。
またしても似たような書き出しで恐縮ですが、まったくもって時間が流れて行くスピードについて行けていません。もう11月・・・どころか、それも終わりそうな季節です。はぁー。
途中経過書き記して置きたいことはたくさんあるのだけれども、全部を(苦手な整理立てて)やってるうちに日が過ぎて、あれれ12月に突入という憂き目に合いそうな予感がしますので、てきとーに(いつもテキトーなのでわざわざ注記するまでもないのですが)書きたい気分のことを先に書いてみます・・・。
当館「四季」は思い切った新しい展開をしたいと決めて(その新しい展開が何かは、また詳しくご説明いたしますが、増設のようなものとご理解ください)、あれこれ準備に追われています。まずもって、設備・備品と言うことで、6月下旬に他界した親父に線香上げながら(いちおうこれが主目的のつもりですが)この11月12日より1週間ほど帰省しました。
で、線香上げたあとに、家具やら板やら食器やら・・・。ついでに美味しいパン屋さんものぞきました。6月からずーっとほとんど休みなく走って来て、10月下旬まで。で、やっと11月に時間が出来たので、美瑛を離れて故郷の愛知県、お隣の岐阜県他をまわりました。アイテム選びについてはじっくり時間をかけて報告(備忘録)書くつもりですが、今書きたいのは、故郷愛知のこと、そして私が25年間お世話になった会社のこと、あらためて故郷から思う北海道美瑛町のことなどなどです。
半年ぶりに戻った愛知県は、予想以上に暖かくて(暑くて?)、自分が北海道人になったことをちょっぴり実感。そして美瑛から比べたら目もくらむような都会の交通量を縫ってレンタカーを走らせ、何度も信号待ちしてやっとの思いで目的地へ、という展開に、最初はほとほと疲れました。でも、数時間もすると慣れて来て(なにしろ40年以上も住んだふるさとですからねー)、愛知県で流れる時間にフィットして行く自分がいた。ホッとする、って感じではないけれども、このタイト感もいいなぁと思わないではない・・・。美瑛にいる時はとことんのんびりしまくりか?と言うと実はそうでもなくて、寝る間を削ってあれこれやったり、冬の到来に追われて雪対策をしたりしていて、また違った慌ただしさはあります。でも、まぁ全然別の時の流れではあるよね(って、全然わからないと思うけど)。
通うのが楽しみだったパン教室で、師匠が待っていてくださったり、高山まで出かけて、古くからお付き合いのある製材業者の工場で、まばゆいばかりの大きな1枚板を確認したり、金沢(のお隣の白山市)で食器をあれこれと選んだり、合間に高校と大学時代の旧友に相手をしてもらいながら1週間で1,200kmを走り回って帰って来ました。
北海道の1,200kmって案外ラクに行けちゃうものなんですけど、愛知→静岡→高山→白山→また愛知の1,200kmは、けっこう手強い(疲れます、ホントに)。白山は初めてだったのですが、愛知のあちこちはもちろん、静岡も高山も良く知った場所。懐かしいを通り越して、今でもここが自分が住んでいる場所くらいに馴染んでしまう。やっぱり故郷っていいなぁ!北海道とはまた違った美味しいものがいっぱいある。味噌煮込みうどんを食べ、ウナギを食べ、そうそう、こんな美味しさがあったんだよなぁーと♪
懐かしさと美味しさと、そしてなんとも居心地のいい1週間のピークは、高山のパン屋さん、トランブルーへ行った時のこと。心が大きく揺さぶられて、さぁ、また北海道でやりたいことを思いっきりやるんだ!と襟を正せた。どうしてトランブルーと、私の北海道への思いが関係あるのかと言うと、説明すればちょいと長いです。えーと、トランブルーのパンは、そのデキから言ったらどう見ても破格なんだけど、高山と言う地方都市、いや正直言えば田舎町(規模的にね)で歓迎されるだけのマーケットは無い(と思うんだよなぁ)。でも、オーナー(成瀬氏)は、この地高山で美味しいパンを食べてもらいたいと、強い信念でこのお店を少しずつ軌道に乗せて行ったらしいのです。彼の得意なパンは、パイ生地で、クロワッサンとかデニッシュなんかは、僕程度のぼんくらからしたら芸術品に思えてしまう。いつも高山に行く時と同じように、僕とカミさんは食べられる限りのパンを買って、成瀬氏の2冊目になる本も買ってしまった。言っていいのかどうかビミョーなんだけど、正直パンは安いと思う。名前出して問題あるかもしれないけどドンクなんかよりも安いくらい。僕はドンクのパンは美味しいから好きで、機会があれば買っちゃうんだけど、トランブルーのパンは値段同等(いや少し安いですよね)で、格段に美味しい。
パンの世界大会で銅賞とったり、NHKのプロフェッショナルに出たりと忙しい成瀬氏だけれども、頭が下がるのはたくさんのお弟子さんを抱えて、彼らを1人立ちさせるために必死に頑張っていらっしゃること。彼のパンに対する飽くなき厳しい接し方は、時に弟子たちを震え上がらせることだってあるんだろうけど、このパンを見たら、そして食べたら、パンを志す若者が虜になってしまうのも無理はない・・・。
長い時間をかけて少しずつ少しずつお店に人気が出て来るのを辛抱強く耐えて、今では毎日のように開店前からお客さんが並ぶ(その1人が僕だ)。地元の人も、遠方から来た人も、みんな成瀬さん(とお弟子さん)が焼いたパンが欲しくて、大人しく順番を待つ。
彼の本には「東京で開業していたらどうだっただろう・・・?と思うことがる」そうだ。都会には、彼の焼くパンを求めるであろう大きなマーケットがある。それでも成瀬氏は高山を出ることなく、小さなマーケットを相手についには大人気店にまで育て上げた。そして彼の目線は、彼の技を伝授した若者たちが、それぞれの小さな街でそれぞれに継承し開花させてくれることの手助けにフォーカスされている。
きっとビジネスとしたら、早々に都会に出て、数店舗の展開を仕掛けることが得策だったような気がする(し、たぶんコンサルティングではそう方針決定されるんじゃないかな)。でも、成瀬氏のハートはビジネスの成功だけではないことは明らかだ。彼には信念がある。きっとその強い信念だって、長い時間の流れの中で、揺らいだり、薄れたりすることもあったはず。でも、僕が知るトランブルーは10年も前から今もなお人気店だ。都会に打って出なくても、彼は高山で見事に(ビジネスとしても)成功して見せた。
信念ってなんだろう。クレバーさや交渉力や、そんなあれこれと同じような土俵にあるのかもしれないけれども、時にものすごい実現のためのパワーを与えてくれる。そう言えば、僕にも小さな信念があったんだ(ってすぐに忘れてしまうようなものって信念と言えるのかなぁ?)。そう、僕は北海道が好き。きっと世界中には僕のように北海道好きがいっぱいいると思う。北海道の素敵を知ってもらう一助になれたらとても嬉しい・・・。
そんなことを思い出したら、北海道に無性に帰りたくなった。でもって笑っちゃうんだけど、帰ってすぐに自分で焼いたライ麦パンとくるみレーズンパンのデキの良かったこと!成瀬氏が乗り移っていた、なーんて浅はかな気分にもなろうと言うくらいに、4個焼いたパンは見た目も味わいも素晴らしかったんだな(とこれ以上ない手前味噌。ここまで言うか?)。ご来館のお客様にも大好評で、ちょっぴり残ったパンを欲しいと言うので持って行ってもらっちゃった。
前回記事を書いたのが5月だったので、もう丸5か月間更新しませんでした。大変申し訳ない・・・。
この間、父が逝去し、新スタッフがやって来て、また当館「四季」に繁忙期がやって来て、なんと史上初の台風3連発プラス1がありました。5か月間・・・、あっという間に、もちろん当館のwebsiteを更新できないままに、時だけが過ぎて行きました。
父の葬儀に際しては多くの方のお世話になり、また今さら気づかされることも多々あり、故郷を去ってこの北の大地に飛び出してきた自分自身の人生をもう一度振り返る機会になりました。
そんなこんなで気がつけば10月です。早い。いつしか半袖を着るのは厳しくなって、長袖へチェンジ。朝・夕の冷え込みが、気持ちいいと肌寒いの中間くらい。
でもって、秋の丘は美しさをぶちまけたかのように、とにかく綺麗。たぶん繁忙期であんまり丘に景色を眺めに行く機会もなかったからって言うのもあると思う。それでもこの時期の丘は、見惚れる。
もうすぐカラマツが黄色く色づいてきます。そして黄金色から淡いきつね色へ。
また写真をアップしながら、あれこれ思うことについて少しずつ書き記して行きます。
当館“美瑛の小さな宿_「四季」”のサイトを、全面的に刷新しようと思っています。さて、どうしたものか・・・。現ページは当館にとって2代目、2010年にリリースした代物です。まもなく丸5歳、6年目になりますので、けっこう引っ張りましたよね(って、他人事みたいですが、更新をサボりました)。
2010年に現サイトに更新して1年か2年過ぎた頃から、SEO専門業者さまからの営業電話が多く入るようになりました。検索上位に入れますので、ぜひ、と。
聞けばリンクを張る、というのを売り物にしているようで、50リンクでいくらとか検索2ページ目までに出そうとするなら100リンクは必要とか・・・。私からは、検索上位にならなくていいんです、とお応えするも「どうしてですか?見てもらうためのホームページでしょ?あんたおかしいよ。間違ってますよ」とまで言われました。
みなさん自分の知りたい情報をネットで見つける際に、キーワードで検索するのは日常的なことでしょう。でも、すごく広範な語彙で検索することってどのくらいあるのでしょう・・・?当館は小さな宿屋ですから、「宿」とか「宿泊」とかとプラスして地名の「美瑛」で検索されるんですかね?そういう時にSEO対策をして検索上位に来ることは絶対必要とSEO業者さんは力説されます。でも・・・?と、自分は考えてしまう。たぶんそんな広範なキーワードで検索して引っかかった結果だけを中心に考えたりしないなぁと。
そうこうしているうちに2013年9月頃にGoogleが検索のアルゴリズムを全面刷新する、とアナウンスしました。無意味なリンクは検索結果に反映させない(どころかマイナスイメージにさえなる)と言い出した。件のSEO業者さん、はとが豆喰らった状態だったような気もしますが、新しいビジネス・チャンスだと思ったかもしれませんね。
Googleとしてはネット空間を無意味なリンクでごちゃごちゃ張り巡らされても困る、と判断したのかもしれません(実際そうだしね)。で、コンテンツを大事にするんだそうです。サイトのヘッド部分に、いわゆる検索されやすいキーワードを記しておく等の小技も、次第に効かなくなった。
そもそも検索上位に興味のない当館は、Googleのアルゴリズムがどうなろうがお構いなしなのではありますが、コンテンツ重視という点は大いに歓迎したい。コンテンツ重視ってどういうことなの?とここでまた思考停止になりそうですが、わかりやすくは「豊富な情報、役立つ内容を優先する」らしい。ますますもって、いいことではありませんか!Googleを検索エンジンとして利用するユーザーとして、こんな刷新ならじゃんじゃんやっていただきたい、と願うばかりです。
ちなみに当館のサイトも、検索結果から遥か5~8ページ目あたりをうろついていたのに、2013年後半からは2ページとか3ページ目までには出てくるようになった。ホントだ、アルゴリズムは間違いなく変わっているんだね。
ところで私自身が旅に出かける場合、例えば京都に行く場合に「京都」・「宿」なんて言う大雑把なキーワードで検索して宿泊先を決める・・・なんて勇気はありません。もうちょっと「北白川」とかの細かい地名を入れたり、口コミサイトのコメントをいくつか見てみたり、さらには「静かな」とか「リーズナブル」とか「お料理自慢」とかも条件に入れるかもしれません。
そして最後にはいくつかの固有名詞を探し出して、実際にその宿のホームページに行きつくような気がします。ですからSEOで上位に来る宿とか、全然関係ない(SEO業者さん、ごめんなさい)。
その次に考えてしまうのは、現実の宿とホームページで公開されている内容とのギャップです。いわゆるプロっぽい(でもややドライで隙のない味気もない)ページだったら、外注さんへ仕事を(例えばお掃除とか料理の一部とか)出す宿かなぁとか。いまだにフレーム出てくるとちょっと時代に取り残されても気にしない宿かなぁとか。それは事実と異なる場合も多いとは思うけど、今やホームページはもうひとつの商店の入り口ですからねぇ。いちおう手作りで、丁寧に作ってあって、欲しい情報が探せばあって、写真もまぁまぁ綺麗なものがつかわれていてってな感じのページがいいんですよね。
これっていわゆるコンテンツ重視じゃないですか。つまりGoogleの検索条件と一緒ですよ。そうかぁ、やっぱりコンテンツが大切だよなぁとまた振り出しに戻って(あ、検索は関係ないんですけどね)、さて当館のブランニューのサイト。まだ端緒に着いたところです。たぶん、完成は1か月ちょっと先・・・。その先になったらもう、やっている時間が無くなっちゃいますからね。
間もなく10年目に突入する節目(?)の
タイミングも手伝って、このシリーズの覚えをもう少し書いておこうと思う。前回同様自分の記憶を、それもまさに記憶だけが頼りの文面なので、何かの役に立つモノになるとは到底思えない(ので期待はなさいませんようにって、誰もしてないか)。
「会社」組織の真っ只中で25年も揉まれていると、いつしか会社人生必需品が身の周りにたくさん溢れてしまう。手帳や書類もそうだが、スーツとか制服(作業着ですね)とか、ビジネス用の靴とか・・・。ネクタイもたくさんありました。
幸い作業着とネクタイはもらってくださる同僚や後輩がいたので、比較的新しいものは譲ることに。さすがに靴やスーツはそうは行かなかった。ちなみに工場勤務だったので、原則作業着で出勤していた(辞める10年くらい前からスーツで、とお達しが来たが、作業着通勤は便利で止められませんでした)。なので比較的スーツ類は少なかったと思う。
それで、まぁ当然と言えば当然だが、会社を辞めた9年前の4月から、スーツとか作業着とかが必要ない暮らしが始まった。でも、それまで苦労してスーツや革靴を手に入れていたので、すごく不思議な気分・・・。ここ一番(どんな一番だ?)見た目くらいは人並みのビジネスマンになって出張しなくちゃいけない場面を想定して、恭しく(なんて笑っちゃうけど)仕舞ってあったものが、この日を境に「不用品」に転じた。
これこそ「頭じゃわかっていても、体が・・・」の典型で、そう簡単には処分する(つまり捨てる)ことなんて出来ない。あれから1年、また1年とたつたびに、もうさすがに着ないなぁと思いながら、もったいぶって2年に1着ずつ程度手放して行ったけれども、9年たってもまだ1着残っている。それは辞める前年に、初めてオーダーで作ったスーツだ。これと言って変哲もない紺のスーツだけど、生地も裏地も最高に気に入っていた。しかも「これなのか!」と思ったのは、やはりオーダー物は着心地が全然違和感なくて良かったと言うこと。確か百貨店の特別なセールで、吊るしとあんまり変わらないくらいの価格で、気に入った生地を選べるオーダーが出来たと思う。たぶん辞めてから1度だけ着る機会があったのだけれども、9年で1度だから紛れもないゴミだ。ほかにもネクタイもたくさん残った。ネクタイは気に入ったものを着ける傾向になっちゃうので、傷みの激しいものと、新品のようなものとに大別される。見た目の好き嫌いだけじゃなくて、結びやすさとかも大事なポイントだ。小柄な僕は、小さくきゅっと結べて、緩くなりにくい生地のネクタイが好きだったな。
靴もネクタイもスーツも、思い切って捨てるように努力した。また会社勤めしようとは微塵も思わなかったけれども(25年勤めた会社は好きな会社だったので、会社勤めするなら辞めること無かったしね)、惰性で捨てられない自分がいたのは間違いない。自分には困った時に相談できるトップも、力になってくれる同僚も、機転の利く部下ももういないのだ。作業着を着て、進捗状況を見に行く現場もない。そういう現実を早く身に付けようと思って、がんばって捨てたのだと思う。
この頃、もしも自分が定年まで勤めていたらどうだっただろうと思うことがある。ちょうどそんな年齢に差し掛かった。きっとネクタイもスーツも靴も作業着も、後生大事に仕舞いこんでおくような気がする・・・。それらのものと共に、自分の人生(の多く)が、停まってしまったかのように。そしてそのことに対して、自ら望んで思考も停止してしまうのかもしれない。
それはきっと、ある程度充足した毎日と言えなくもない。勤め切った、という達成感と共にあるのは間違いないだろうし、もうそれほどの時間もエネルギーもかけられる会社人生を送ることは(まぁ物理的に)さすがにできない。言ってみれば、ハイライト部分は通過した後になってしまったというわけだ。

ところが現実には僕はそういう人生を選択しなかった。どうしてだろう・・・と、不思議に思うけれども、とにかく僕は飛びだしてしまった。その結果、「ある程度充足した」気分でそれまでのビジネスマン人生を振り返る日々は手に入らなくなった。後悔・・・?しているのかもしれないけど、してないような気がする。正直なところ、人生はひとつしかないので比べようがない。で、振り返る日々を手放した代償に、明日を憂う(明日に夢をつなげる、と書くべきですね)日々を手に入れた。会社の制約を受けることはないけれども、何一つ会社が保証してくれることもない毎日は、自由でとっても不安だらけだ。
不安も9年たてば「日常」になるわけだけれども、ちっとも日常っぽく安定しない。自ら危険を冒す(ちょっと無理なことやってみる)ような毎日が続く。
とまぁ、思うがままに書いてみたけれども、もし勤めている会社を辞して何かを始めようと思っている方に、辞める雰囲気を感じていただけたでしょうか・・・?会社組織にいれば、リスクを取るのは難しいですよね。どうしたって、経験値が増えるほどに、安全地帯を求めてしまう。ところが個人になれば、ある程度リスクを取らないと、絶対にリターンへと繋げられないことを思い知る・・・。
実は少し逆で、会社に居ればリスク取ったって、会社がリスクを受けとめてくれる可能性が高いが、個人だと場合によってはリスク倒れしてしまうかもしれない。だから会社にいた方がリスクは取りやすいはずなんだけど、そうはしないですよね・・・。
とまぁそんなことも辞めてみて初めて気が付くわけで、辞めるということは、すごく決断力が必要ではあるけれども、発見と気づきの連続が待ってます。
2016年4月19日で、美瑛にやって来てからまる9年。ってことは10年目突入となります。なんと、は、早い。あっという間の9年とは、まさにこのことです。
で、いつになく、少々真面目なことを書き残しておこうと筆をとった(ってわけないですよね、キーボードに向かった)わけです。谷あり崖ありの9年だったと言えばそれまでなんですが、それでもまだやっている、続いている・・・。見方によっては(かなり無理した見方をしないといけないけど)、成功と言えなくもない・・・かもしれない。それで自分に対して、それから私のような人生の「チェンジ・ライフ」を考える人にとって、僅かでも役立つ(のは無理にしても、決断するための参考になるような)ことを書こうと思います。
【何が準備不足なのか、整理して把握しておこう】
9年前に戻って、自分に会ったら「どうしようもなく準備不足だぞ」と言わずにはおれません。ま、その感覚は、少なからずあった・・・。仮に9年前の自分にそう告げたとしても、さして変り映えのする準備には至らなかったと思う。会社に在籍時は、会社100%と決めていたので(自分に対する綺麗ごとみたいなものでした)、有給休暇も取らなかった。結局自分に何が一番不足していたのかは、開業して間もなく思い知ることになる。
自分の場合は、集客のための準備がまるで出来ていなかった。こと集客について言えば、今だって相変わらずの準備不足には違いない。それでも9年前の状態を思うと、正直背筋が寒くなる。
いろいろな準備へのエネルギーのかけ方は、限りがある中で優先順位をどうするか、よくよく考えないといけない。どんな仕事を始めるにしても、始める前からそんなことがわかるかい?と言うのがホントのところだろう。でも、集客(お仕事の確保)は、いくら準備したって足りている、ということはない。
会社に勤めていれば、自分はごく限られたポジションの中で勝負しているが、それ以外は他部署が担ってくれている。でも、開業したら自分が全部目配せしておかないといけない。中でも毎月決まって徴収されるランニング・コストをどうバランスさせるかについては真剣に詰めておかないとまずい。開業に際して、1・2か月は持ちこたえられるよう準備はするだろう。でも3か月目にはバランスさせるだけの「お仕事」が埋まりそうか・・・?もし怪しければ、最優先でここを何とかしなくちゃいけない。会社勤めのありがたさ、毎月決まった日に振り込まれる給与を「なんと有難い事だったんだ」と気づくのは、会社勤めを辞めてみないとわからない。
ちなみに北海道で宿泊業とか飲食業のようなサービス系で行くなら、冬の集客には要注意だ。夏は大きなパイを前に、駆け出しにだっておこぼれはある。これが秋風が吹く頃には、実力も経験も豊富な先輩たちが、それでもやっとの思いで少ないお客様をかき集めて行く。新参者におこぼれなんてない。「冬の営業どうするか、しっかり考えろー!」と9年前の自分に怒鳴りたい!!!
【経営者は、呆れるほどにカラダが資本】
替えがない。自分のような家族経営の業態でスタートしたら、もう家族には、何が何でも来る日も来る日も健康で馬車馬みたいに頑張ってもらうしかない。自分もしかり。有給休暇なんて夢のまた夢になっちゃう。
B to Bであればまだ話は別だけれども、そんな起業あるいは開業に至る向きにはそもそもこのブログ記事は無用だと思う。あくまで個人が個人にサービスを提供する場合、もう目の前に顧客がいる。多少の不手際は、場合によっては現場力(という危機回避能力、と言えば聞こえはいいが、ある面謝罪力だったりもする)で繋げることはできるが、今日はしんどいから1日、いや半日お休みしよう・・・ということにはならない。
私の場合は宿泊業なので、お客様は当日のためにスケジュールをやりくりし、北海道の少々不便な地に訪れるために、フライトチケットやレンタカーの手配まで準備万端でいらっしゃる。熟慮の末(?)当館にご予約下さったお客様がいらっしゃる当日に「あー、今日は無理。休もう」なんて、どう逆立ちしたってできっこない。
そうは言っても止むに止まれぬ事だって起きてしまう。最悪は同等以上の同業者にお願いする(差額はこちらで持つ)とか方法を考えるケースだってあるとは思うけれども、お客様に与えるダメージ(ひいては自身へのダメージになるわけですが)は、計り知れない。
幸運にも・・・、ホントに運だけだったとしか言いようがないけれども、カミさんともどもどうにか健康で、緊急の非常事態に陥ったことはない(薄氷を踏むようなことはありましたが)。このことはもう少し運に頼ることなく、健康で居続けるような習慣を身に付けないといけない。で、9年前に戻ったら「何でもいいから体を動かして規則正しく暮らしなさいな」くらいは自分に伝えたい。
さらには、早々に事業を軌道に乗せて、繁忙期にも最低限の休日を設定できたら言うことはないのだが・・・、それがそう簡単には行かないから体が資本なんです。
【なりふり構わず、当面は仲間を増やそう】
あの人はちょっと苦手だな、とかなんとなく気が合わないな、とか上手くやってるよなーとか、他人への感情は根拠もなく次々にわいてくる。増してやご近所の同業者様となれば、後発でライバル(には最初はなり得ないのですが)でもあるゆえに、お付き合いさせていただくには敷居が高い。もし上から目線でご指導でも受けようものなら、それでなくても不安でいっぱいなのに、泣き出してしまっても不思議はない・・・。
のではありますが、開業を前にこちらには経験値と言うものがない。どんなトラブルが待っているか、ほぼわかっていないわけだし、わかっていそうなことに対しても的確な対応が出来るだけの知識も技術もない。こんな時、ご近所の先輩ほど頼りになる存在は無い。気が合わない・・・なんて言ってる場合じゃない。白を黒と言ってでも(は、ちと言い過ぎかな)お付き合いさせていただいて、ピンチの時に相談に乗ってもらえるくらいの間柄にはなっておくべきだろう。私の失敗からは
・アレルギーへの対応。
・ダブルブッキングでお客様を受けてしまった。
・お客様に、けがや病気が・・・。
などなど、書き出せばきりなく出てくる。仮にこちらに落ち度がなくたって、お客様がお持ちいただくべきものをうっかり忘れて来る場合だっていくらでもある。今となっては微笑ましい想い出だけれども、現金(日本円)のみ、の当方に対して、カードと香港ドルしか持っていらっしゃらないお客様もいましたねー。
とにかく知らないことを始めてみれば、思いもよらない出来事はいくらでも重なる。そんな時、誰かに(それが複数あった方がいいのは言うまでもない)相談できる、というポジションは是が非でも確立しておきたい。仮に自分でどうにか収拾できたとしても、万一の時には相談できる立場にある、という気持ちは、絶対に持っているべきだ。9年前にここ美瑛にやって来た自分へ向けて伝えるとしたら「ごちゃごちゃ言わずに、さっさと挨拶に行って来い」かな。
【愚直な生真面目さは、報われるケースが多い】
自分自身はほとんどできていないことを書くのもおこがましいけれども、良かれと思って手間ひま惜しまずやったことは、思いのほかお客様には届いている(気づいていただいている)ケースが多い。それは案外ウケを狙ってやったことではなくて、自分のこだわりだったり、面倒だけどやらないと気が済まない何かだったりする。例えば清潔感あるたたずまい、みたいなものはある面限りがないし、手をかければ果てしない。でも、これだけは絶対やっておこう、と言ういくつかの積み重ねは、間違いなくお客様の好感度へとつながって行く。
ネット社会と言われて久しいし、お客様総てが評論家時代の今日、お客様がネットで発信するあれこれは、都合が悪いことだって食い止めようがない。むしろ逆に少しでもいいところを感じていただいて、「いい旅、いい想い出」づくりに少しでもお力になる・・・そんな姿勢でいいんだと思う。
会社にいる時、お客様がPR役を担ってくれるとは何度も聞いたセリフだが、身をもって知ることになるのは遥かに今の方が臨場感がある。「また来ました」はやっぱり嬉しいし「あの人に薦められてきました」もありがたい。誰それのブログで見て、友人のFacebookで知って、どこそこの口コミ読んで・・・。カタチは違うけれども、それは皆広告費を伴わないネット情報ばかりだ。広告費がくっついてないから、書き手は思いのたけを語る。つまりそれは信用に足る情報となって、ネットの中を駆け回る。もちろん悪い情報だって駆け回る。あそこはやめた方がいいよ、ひどいよ・・・。
いいにしろ悪いにしろ、お客様の発信する情報で、提供するサービスは丸裸にされてしまう。裸にされた時、ヤバいなんてことになるんじゃなくて、「良かった」、「また行きたい」が並ぶようなことに、きっと生真面目なこだわりは繋がって行く。
なので最後に9年前の自分へ、そしてこれから新しい「開業」という扉を開けようとしている方へ贈る言葉は「真面目にやりなさい」です。
なんだかかなり自信満々で上から目線で書いてしまったけれども(何しろ9年前の自分が読者と想定したので)、今だって足元がおぼつかないのは変わりない。また、お力があるのにも関わらず廃業された同業者さんを知る身として、まさに運だけはあったんだな、と思うこの頃だ。
もしその運を活かすことが出来た何かがあったとしたら、いろいろなことへの感謝の気持ちが芽生えたからだと思う。来てくださるお客様、一緒に労苦を惜しまず働いてくれるスタッフ、この広大な大地を相手に早朝から夜まで働いて美味しい野菜を供給下さる農家、途中下車した自分を心配して、9年たった今でもお付き合いのあるもと勤めていた会社の方々、そしてご近所さんや同業者さん、仕入先さん・・・。どうぞこれからも、変らずによろしくお付き合いください。
長文・駄文失礼いたしました!