2018年1月28日日曜日

ゴッホ_最後の手紙(映画)を見る。



帰って来て、グーグル先生に検索してもらってウィキを読むと、フィンセント・ファン・ゴッホは”ファン・ゴッホ”がいわゆる姓なので(ミドル・ネームではないので)、一般には(日本以外では)略さない、とあるので、そうします(たんにゴッホでは良くないらしい)。
で、ファン・ゴッホの映画見て来ました。
確か彼は生前に売れた絵が2枚しかなかったと記憶していたが、映画のエンディングでは1枚とあり、ここでも記憶間違いが発覚(例のウィキも(諸説あるが)1枚とのことです)。ともかく、不遇の天才画家みたいな表現が言い得ているのか・・・と思いつつ、とにかく映像美に期待だ(事実ネットで閲覧できる予告編は圧倒的に美しい)!と勢い込んで、夕方6時過ぎの上映に滑り込んだ。

観てきた第一印象は(ってこれがほとんどなんだけれども)、美しい。すごい映像美。そこに期待をして行ったわけだけれども、そのやや過熱した期待に存分に応えてくれる。いや、はるかにその期待を超越していた。なんと125人もの現代アーティストの手を借りて、ファン・ゴッホ(タッチ)の絵がアニメーション化されている。そもそもファン・ゴッホの熱心なファンではなかった(むしろダリやフェルメールやレンブラント贔屓なのです)僕も、あれ見ちゃうと虜になっちゃう。ホントすごい美しい。
「タンギー爺さん」が語るさま、あの大好きな「夜のカフェテラス」の雰囲気、そして跳ね橋や糸杉や星々が、ファン・ゴッホの筆使い・色使いそのままに、スクリーンを縦横無尽に彩る。正直やられた。ファン・ゴッホの作品のファンにもなりました。

さて、映画なので当然ストーリーはあって、謎めいた(とは知らなかった)ファン・ゴッホの死が、サスペンス仕立てでテンポよく展開する。ダグラス・ブース扮するアルマン・ルーランがファン・ゴッホの最後の手紙を携えて、彼が死を遂げた地を訪れることでいろいろな登場人物が複雑に、でも必然的な自然さとともに物語が続く。
ゴッホは自殺によって命を絶ったものと思っていた僕にとって、このストーリー展開はなんとも目の離せないスリリングな(とは言っても、ホラー映画のような恐怖感は微塵も抱く必要はないのです)ものだ。
でもって、ファン・ゴッホの描いた肖像画たちの生き写しなのか、と言いたくなるほど素晴らしい配役が(ガシェ医師、アドリアーヌ・ラヴー、ジョゼフ・ルーラン、マグリット・・・)見事に絵(アニメーション)に溶け込んでいる。

この手法、いろいろな超有名な天才画家たちの作品群を、同様に現代によみがえらせることが可能ですよね。見てみたいな、ダリやピカソもこうやってデジタルの力も借りてたくさんの名画がアニメーションになって見ることが出来たら素晴らしい。むしろフェルメールみたいに謎に包まれた人の方が、ストーリーには自由度があるかもいしれないですね。そうそう、葛飾北斎も、ぜひこの手法でやって見せて欲しいな・・・!

ふと、現実の世界に戻れば、バブルの頃生命保険会社(安田生命)が58億円でひまわりを落札したことが思い出される。その後もファン・ゴッホの絵はさらに高額で売買された。
で、もう一度史実に戻れば生前、つまりファン・ゴッホが絵描きとして暮らしている間、たった1枚の絵(赤い葡萄畑)しか売れなかった(400フラン、当時の為替が判らないけど、今の為替で換算するとおよそ5万円弱)。
いわゆる超一流の芸術家として世に知られる数多の人たちは、生前その価値を存分に認められないことが多い。作曲家でも小説家でも、そんな例は枚挙に暇がない。そしてたぶん・・・、僕の知らないファン・ゴッホや将来のファン・ゴッホがきっとたくさんいるに違いない。芸術に魂を売った人たち。その人生は、あまりに一筋で健気で気丈で、そしてあまりにも儚く悲しい。

2017年11月17日金曜日

クルマを購入して、半年がたちました。

納車は、4月下旬(中旬に近いけど)。なんでも新車登録は3月末(2016年度末)にしてくださいと、その代り値引きがんばりますって言うので、半月程度のことなら値引きの方がいいやと気にすることもなく請け負って・・・。でも、今思うとスバルさん、出荷検査に無理があって今に至っているかもしれませんね。大丈夫(何事もない)とは思うんですけどねー。

で、半年たちました。ウチのクロスオーバー7君。大雑把に書きますと
【気に入ったところ】
運転席から各種の操作系のやりやすさ。
3列目のシートの折り畳みやすさ。
燃費(2500c.cのガソリン車でも、今時こんなに走るのか)。
視認性。
視認性の一部かもしれないけど、バックカメラ兼ナビの使いやすさ。
すわり心地(いいシートです)。

【残念なところ】
シート生地の関係で、冬、盛大に静電気が発生する。
後輪のサスペンションの、ややふわふわして落ち着かない様子。
エンジンのパンチが僅かに足りない。
アイサイト・システムのご注意がうるさい。
  →これ、オフの仕方が判りません(泣)。

と、書けばこんな感じです。で、一番遠くまで行ったのは、三笠&岩見沢のワイナリーまで。往復で350kmってところでしょうか。今まで乗り継いできた車の中では一番視界が高い位置にある車で(全高1670mm。SUVってことになっているしね)、シートのすわり心地も良くて、その点は疲れ知らず。燃費だってここまで来ると、文句言わない(今の愛車たちは大飯食いだし)。
一方で、ネガな部分もないことはないので、少し。まず、私の運転技量から来ることを承知の上で言ってしまうと、少々エンジンに瞬発力(パンチ)が足りない。一般国道の山岳部(つまり、曲がりくねりがあるので、あんまり長いストレートが無い)で、ちょっと遅い先行車に追いついてしまうと、なかなか抜けない。エンジンの最大出力って言うよりは、中間回転域のトルクの出がマイルドなのです。モードをS#という一番スポーツのモードにしても元気よく追い抜き(せんでもいいか?)したくはならない。シャシのしつけも、ガチガチで剛性感みなぎるわけではないので、そこも追い抜き躊躇させる要因ですね。もしもの時に急ブレーキ踏んだらどうなるかなぁとか思うと、ますます自信なくなる(追い越さんでもいい!でしたね)。

そもそもクロスオーバー7のプラットフォームはたぶんスバルで一番古いんじゃないかと思う。旧型レガシーを流用しているはずです。でもって、十分優秀だとは思うものの、アイサイト・システムも1世代前のものを装備。エンジン回りは最新版を共有していると思われるので燃費には著しい進化があるけれども、全体にはちょっと古いパーツを集めて作った車種なのですね。
もちろんそこに決定的な不満はないし、無理な追い越しを試みたりしなければ、サスペンションセッティングもうまくやられていると思う(そこそこにスポーティで、乗り心地も快適な、いい落としどころ)。当方の使い方(主に5人ほどのお客様を送迎する)からしたら、実に有難いクルマなのです。5人乗りだと、お客様5人は運べませんからね!


11月1日、スバルリリースのニュースによると、このクロスオーバー7、来年3月末をもって生産中止が決まったそうです。受注は12月18日までとのことですから、あと1か月ってところですか・・・。久しぶりに背伸びして買った新車が、早くも廃版になるのは寂しいですが、スバルも今のプラットフォームを使い続けるわけにも行かず、新プラットフォーム(SGA)投入するほどマーケットが見込めず、全社的に売れまくっている最中で、アウトバックやXVやレヴォーグにリソースを集中せざるを得ないのでしょう。
そう言えば、トヨタからもアイシスの販売満了のお知らせが来ていました(ってことはたぶんウィッシュも同時に無くなるね)。3列シートのクルマが、またひとつ市場から消えて行きます。これって昨日書いた「絶食男子」に関係しているよね、きっと。結局のところ、日本には3列シート(7人乗り)のクルマの出番が、間違いなく減って来ているってことだと思います。

もし、7人乗りのSUVをご希望の方がいたら、少し急いでディラーに行った方がいいかもしれません。

2017年11月16日木曜日

絶食男子の恐怖。

最初は「ウケる話し」、「ネタになる話」といった感覚で聞いていたその話題が、まさに冗談抜きで待ったなしの危険な現状を表していることに気づきました。今風に言えばヤバいとでも言うのかな、いや、もっとシリアスな気がします。

絶食男子、それって何?と思わず聞いてしまったのは、その聞きなれない言葉に違和感があったからです。流れ的にはこうです。時代の変遷とともに肉食男子→草食男子(と同時に肉食女子の出現を招いたかも)→絶食男子。
平たく言えば、女性に興味のない若者(男の子)が増えつつあるこの頃を指している時事熟語です。うーん、流行語大賞に加えて欲しい・・・。

なんで女の子に興味を持てない男の子が増殖してしまうのか、少なくともそうではない僕からしたら「謎」です。ではありますが、やっぱり世の中で起きることって、理由がある。もしかしたら僕だってその時代に生まれ育っていたら、「絶食男子」になっていた可能性が十分あります。

一次産業が中心となる、いわゆる田舎暮らしの場合、若者は(男の子ですね)、高校卒業とともに親のあとをついで、農家になったり漁師になったりするケースがあると思います。いえ、親の代の資産(舟だったり、農地だったり、耕作機械だったり)も当然揃っているので、少子化の進んだ今の日本では、そのまま跡を継ぐケースはむしろ多いと思われます。するとどうなるか、高校時代まではいわゆる社会の一員として生きて来たものの、それ以降は父親が先輩であり上司であり社長であって、それ以外のお付き合いと言うものが極端に少ない男の子が、時の流れとともに成人し、結婚適齢期を迎え・・・となります。
ただし、普段海だったり農地だったりとだけしか向き合わず(向き合う機会がなく)、何かあれば父親中心の人間関係となると、適齢期になった若者(男性)が、果たしてパートナーを見つける、惹きつける、そしてゴールインするというシナリオに乗れるかどうか、少々疑問です。
もちろん彼らにしてみれば、プライドだって見栄だってあるわけですから、自分のことを見下すような女性と時間を共有したいとは思わないでしょう。ではあるけれども翻って女性に視点を移してみると、絶食男子予備軍の彼らと、やはり時間共有すること(端的には楽しいな、面白いな、ちょっとお付き合いしてみようかな)にはなりにくいと言わざるを得ません。グラフはハフポスト日本語版からお借りしました。2015年までのデータが掲載されています。ここ数年でググーっと生涯独身率が延びているのが気になります。

なんでこんなことを書いているのかと言うと、それでは大変困ると思うからです。それでなくても一次産業中心の地方では、人口減少に歯止めがかかりません。もし、農家の若者のところに来てくださるお嫁さんがいたら、まさにそんな街びえいに住む僕も、無条件に嬉しいです。なにしろこの美しい丘風景を作り上げている主役は彼らなのですから。その彼らが、彼らの想いとは裏腹に「絶食男子」になってしまったらすごく悲しい。
もちろん地方自治体もそのことを把握していて、改善に乗り出してはいます。人員を充当していろいろな取り組みをしていらっしゃる。ちょっとだけ漏れ聞こえてきた話の中に
改善を取り組み中の担当者:今度女性が集まる機会があるので、ぜひ。
絶食男子予備軍:行って何を話せばいいのかわからないし・・・。
担当者:女性と話題が弾むように工夫してみてください。
絶食男子予備軍:えー???自信ないな。
担当者:そしてちょっぴりオシャレもして。
絶食男子備軍:えー!無理無理。ありのままの僕を受けとめてもらえないかな。
担当者:ありのままのあなたを受け入れられるのは、お母さんだけですよ!

思えば確かに異性とコミュニケーションを通してお付き合いが発展して行く過程は、わくわくしていても立っても居られない楽しいものですが(でしたが)、面倒って言ってしまえば面倒ですよね。異性の気に入るようなあれやこれやを考えつつ、その中で自分という個性も多少は出しつつ、でもって相手に気に入ってもらえるような会話をしつつ、もちろん言いなりではないように多少のリードもしつつ・・・。うーん確かに面倒くさいな。でも、アラフォーくらいまでの若者なら、そのくらい難なくやるだろ?いえ、やってくださいよ。お願いします!!!

追記です。気になって検索してみると、なんと都道府県別に独身の男が一番比率的に多いのは、東京都でした。東京には東京の、絶食男子発生のメカニズムがあるのか・・・?そういえば、最近の若い子って(と言っても僕的にはアラフォーなんですけどね)独身の方多いですよね。謎だ!世の中には凡人の理解の及ばぬことばかりです。

2017年11月13日月曜日

晩秋の絶景は、まさに自分自身へのご褒美♪



11月も中旬です。北海道美瑛町の秋は早く、9月下旬には大雪山系の最高峰(旭岳)には初雪が降る。この頃になると繁忙期の喧騒もひと段落。当館にいらっしゃるお客様も、美瑛に旅行で訪れる方たちも少しずつ減って11月の声とともに、1年でももっとも閑散とした時期に突入です。
そんな頃、美瑛はどうかと言うと、これが案外美しい佇まいを残している。カラマツの黄葉は最盛期は過ぎてはいるものの、光の当たり具合によって持ち前の黄金色に輝く。しかもそれが雪をまとうようなこともあって、変化に富んだ(目まぐるしいとも言うかもね)丘の様子は、実に美しい。

なんだか美瑛の景観を表現すると、いつも似たような感じになってしまう。もう少し気のきいた説明は出来ないものかと思うけれども、「雄大で、綺麗で」以外になかなかこの光景を言い表す言葉を探し出せない(なんと語彙の少ない)。
表現はともかく、忙しく過ぎて行った夏から初秋を過ぎた今頃は、自分がここ美瑛の絶景を存分に楽しめる時間が増える。あまり好きな言い回しではないけど、夏大変だった自分へのご褒美ってところだろうか。このご褒美は本当にありがたくて、毎日のように朝早くご褒美もらいに出かけてしまう。ご褒美も回数重ねるうちにありがたみが薄れそうなものだけれども、まったくもってその気配はない。
あらためて晩秋の丘を見渡すと、秋色と言ってもいいオレンジや黄色のベース色に、秋まき小麦と牧草の緑が美しい。でもって早朝であれば霜が降り、寒い日には雨が雪へと替わるので、白い色が部分的に混じる。この色合いが、何度も繰り返しになってしまうけれども実に美しいのだ。夏、ルピナスに始まってラベンダーやひまわりが丘を彩る季節は、それはとても綺麗だと思うけれども、晩秋の美しさはもうちょっと雰囲気が違う。美しさに物語がある。枯れて土に帰る色合いと、冬を越えて春に勢いを増す緑と、厳しい冬を予感させる白い色が、丘の風景に深みを与えている。
誰もいない、丘。あまりにも美しくて、もちろんそれはすぐに来る真っ白い季節の前の刹那的なもの。僕ひとりで眺めているのは、もったいない。

あー、また今年もこの季節に会えたね・・・。晩秋の、心をときめかせるほど美しい丘風景を眺めながら、そう思う。そう言えば庭のカタクリの花が咲いた時も、最初のアスパラガスを食べた時もおんなじことを口ずさんだ気がする。美瑛にたくさんある「また会えたね」を、今また満喫しています。

2017年11月10日金曜日

小さな街で暮らす・・・、実店舗とどう付き合う?

愛車の冬タイヤ(スタッドレスタイヤ)への交換に際して、いろいろ思わされることがあったので、また自分に(もしかしたら読んでくださる方への参考程度に)メモを残しておこうと思います。

今年の春、新しい仲間として迎えた車の冬タイヤの準備はおおむね以下のような流れで、たぶんスムーズに完了できる腹積もりでした。
1)街のモータースにタイヤの見積もり。
2)可能な範囲で価格交渉後、タイヤ(&ホィール)発注。
3)そのモータースでタイヤ交換。
※タイヤ代金に加えてタイヤ交換賃とタイヤ預かり費も支払う。
以上だったのですが、いきなり最初の(1)で躓きます。ある程度は覚悟していたものの、ちょっと驚くほど見積額が高い。価格交渉と言ったって、何割も引いて欲しいと言うのも無理があります。実は、できれば街の実店舗でなるべくモノを買うようにしたい、と思う気持ちは強い(ホントですよ、ってわざわざ書くところが眉唾ものかもね)。巷には、ネット販売で、価格だけを見れば安価に商品が手に入るチャンスがたくさんありますが、ネット販売はどうしても売りっぱなしになる傾向です。実店舗がないから、経費(店舗を借りたり、そこで発生する光熱費や人件費など)が格段に抑えられるわけですから、同じにしろと言うのは野暮だと思うんです。買った後に起きる大小の不具合や、発注サイドの(つまり今回で言えば僕自身の)ミスも含めて、ネットと実店舗ではアフターフォローも差があります。それで私が密かに思っているのは、
・ネット価格の1割増し→良く出来ました。
・同15%増し→妥協点でしょうね。
・同20%アップ→許容の上限です。
・同20%以上上乗せ→残念ですがネットで買います。
おもに家電品なんかはどうしても比較してしまいますが、街の電気屋さんには無くなって欲しくないですし、いざ、という時には頼りにもなります。昨年購入後2年で掃除機に不具合が発生した時には、修理完了まで展示品を貸して下さったり・・・。こういうことってネットでは願うべくもないことですから、単純に価格だけでは決められない部分です。

で、タイヤ(&ホィール)に戻ります。今回は35%アップくらいの見積もりで、ここから2割くらいは引いて欲しいと言うのも勇気が要るし、もしそれが叶えられたらそもそも見積もりはなんだったの・・・と疑心暗鬼になってしまう。どうしたものかと小さな頭を悩ませ、薄い胸を痛めながら考えること5日(もう雪が積もり出すぞ!)、価格交渉をすることなくネット(カーポート、マルゼンさん)で調達することにしました。

タイヤを届けてくれた宅配のお兄さん曰く「みんなここでタイヤ買ってるよね。僕何セットも届けてますよ、もう」と・・・。やっぱりそうな んだと思いつつ、愛車のトランクにタイヤ4本お兄さんと一緒に積んで、モータースへタイヤ交換をしてもらいに行きました。

するとモータースの社長が、「タイヤ交換はやるけど預かりは勘弁願いたい。ウチも保管場所には限りがあるので、自分で調達したタイヤは自分で保管下さい」、と言うのです。僕のホンネは、交換は自分で出来ないこともないが、タイヤの保管は場所を取るのでそこを何とかしていただけないものかと思ったものの、今回はつべこべ交渉せずに夏タイヤを引き取って帰って来ました。
ちなみにモータースの社長がおっしゃるには、ウチの仕入れはネットより高いので勝負にならない。せめて車検などを常にウチに出してもらえるとか、オイル交換はウチでやらせてもらえるとか、そういうお客様のタイヤは預からせていただきたい、と言っていました。であれば逆にそのあたりを交渉のテーブルに事前に置いて、社長さんと私との間で妥協点を探れたんじゃないかなと・・・、実際に車検やオイル交換でお世話になっているんだから!
ただ今回の愛車は、購入時に5年間の点検費用のうちの消耗品(おもにエンジンオイル)分の格安前払いパックで済ませてしまったので、旭川のディラーに行かなくちゃいけないだなぁ・・・。ディラーさん(ウチはスバルです)も囲い込みに余念がありません。

 

本屋さんの実店舗の減少に、歯止めがかからないと言います。日本著者販促センターの集計による表をお借りします。これって活字離れに加えて、まるっきりネット販売に替わっちゃってるからだろうなと・・・。文具屋さん、家電屋さん、CDショップ(DVDだけど)などなど、実店舗の経営が厳しいのは周知です。でも、実店舗の有難みはかけがえのないもの・・・。
価格差との折り合いをどうつけるのか、できれば実店舗を経営している方のお話をじっくり聞きながら、考えて行きたいです。ちなみにここ美瑛の家電屋さんは、いろいろ試行錯誤をされながらがんばっていらっしゃいます。もちろん価格ではネットには届きませんが、ソフト的なサービスには抜かりがない。やるなぁ!

うーん、街の実店舗とどうお付き合いして行ったらいいのか・・・、悩む。

2017年10月30日月曜日

母の死・・・、少し「書く」と言うことに慣れよう・・・。

この1年、たった10記事程度しかブログを更新できませんでした(ごめんなさい、ってあんまりアテにされていないとは思うんですが)。とにかくゴールデン・ウィークが始まる頃からなんとなくそわそわして、「書く」ということに集中できなくなる(大したこと書いているわけでもないのに)。
まがりなりにも宿屋業をなりわいとしている身にとって、繁忙期(と言うものがあること自体、ありがたいことなのです)に向かうシーズンは、決まって準備不足が露呈して、その埋め合わせに予定外の時間を取られたりもする。それに加えて日に日に速度を上げて変わる季節への対応や、ありがたい予約の控えを台帳に整理したりと、けして器用とは言えない僕にとって、ちょっとした固まった文面を仕上げるのはハードルが高い。

他方、書きたいことはけっこうある。それがこちらに来て読んでくださる方の「読みたいモノ」とイコールであるはずがないのだけれども(ニア・イコールであることを願ってはいます)、それでもお伝えしたいようなことは些末なことが多いとはいえ、いっぱい・・・。というわけで、もう少しコンスタントに(頻度高く)ここに書くことができるように、まずは書くことに慣れて行こうと思う。
それで、今回は比較的書くのに難しいことを考えなくてもいい(感覚的に書きやすい)テーマを選んで書き記しておこうと思う。というわけで習作っぽい(って全部習作なんですけどね)感じになっちゃいますがご容赦ください。

で、今回は母の死です。昨年(2016年6月に)父が他界しました。誤嚥(うまく食べ物を飲み込めなくなること)になってから、だんだん弱って行って、静かに死を待っている様な感じだったから、いよいよかな・・・という雰囲気だった。
一方先々週(2017年9月下旬)に天に召された母は、なんの予兆もなく突然に逝ってしまった。死亡診断書に書かれた「心筋梗塞」という4文字が、目に焼き付いた。1年ちょっとの間にたて続けに両親を失くしてしまうのは、もちろん予想だにしなかったこと。悲しいと言えばもちろん悲しいんだけれども、母がいなくなってしまったその事実をうまく消化しきれない自分がいるというのが今の偽らざる気持ちです・・・。
母は、2012年あたりから、認知症が顕在化して来て当時要介護「3」の父とふたりで暮らすのには無理が生じて来ました。母の強い意志もあって、母だけを私のいる北海道へ愛知県から連れて来たのが2014年。まだ雪の残る浅い春、母の居宅をわずかに残った当館「四季」の一角に建てて、母の北海道暮らしが始まったのでした。もちろん3度の食事は私の妻が用意してくれたし、洗濯だって、掃除だって、母がやると言うことはなくなって来ていたし、物忘れのひどくなった母にはどれも難しいことでした。
残念ながら認知症は少しずつ進行し、自分の名前を書くことさえ難しくなってしまう母との暮らしは、毎日見ているがために昨日と同じと感じるものの、1か月前・半年前と比べたら確実に記憶と言う大切な脳の機能が破壊されて行く母がそこにはいたのでした。

私と妻は、少しずつ記憶で保たれていた部分のお行儀と言うかマナーと言うか、そういうことがまともに出来なくなる母に手を焼き、時には無駄と知りながら激しい口調で接したことも少なからずありました。
けれども母が好きな食材を見つければ優先的に購入して食べさせ、最後まで覚えていた唱歌(りんごの唄、みかんの花咲く丘、おぼろ月夜、茶摘みなどでした)を毎日のように一緒に歌い、紙風船を突きながら時間を過ごしたりしました。

2017年夏(7月初旬)、それまで週に4~5回お世話になっていたディ・サービスに、一番の繁忙期の間(体育の日まで)、ショート・ステイ(ロング・ステイというべきか)としてお世話になることで行っていた母。たまに「下着が足りないから持ってきてください」とか何とか言われて施設に行って見ると、感情の高ぶりがあったり無かったりはするものの元気だった母。
9月も下旬になったその日、突然のお客様からのキャンセルで時間のできた私たちは、母を一時帰宅させてもらって一緒に昼食を食べ、紙風船で遊び、唄を歌い、もうすぐ帰って来るんだよと言いながらまた施設に送って行ったのは、9月25日。家内と「帰って来ると大変だね」と悪口を言ったりしていた矢先、翌26日夜7時45分頃、昨日まったくどこにもそんな気配のなかった母が「心肺停止状態ですので・・・」との電話。あわてて、お客様のための料理を出したり食べ終わったお皿を返したりしていたエプロン姿のままで施設に駆け込むと、母は顔面蒼白で、人工呼吸器をつけられて心臓マッサージをしてもらっている真最中。大声で「お母さん」と呼ぶも、「近づき過ぎないでください」と救急隊員の方に言われて(蘇生作業の邪魔になるので)我に返ったのも束の間、午後8時23分に死亡診断書が発行されました。

たぶんまだ5年以上は元気なんじゃないか(脳の記憶領域以外は)と信じていた僕らにとって微塵も想定していない母の死でした。
私は勝手に想像してみます。たぶん母はしばしの間、正気に還ったのだろうと。そして自身のあり様を思って、もうこれ以上生き続けるのはやめようと思ったんじゃないかと・・・。もちろんそんなことはあるはずがないのですが、そう思えてならないのです。
認知症、文字にすればたかが3文字のその病は、少しずつ、でも確実に人となりを壊して行きます。きっと母はその現実を受けとめることが出来なかったのだろうと思えるのです。僕は認知症の母にどのくらい正面から接して、それをしっかり受け止めることが出来たか、と自問すれば、極めて怪しいと言わざるを得ません。

自分自身、母の死とともに「認知症」に対して非常に恐怖心を抱くようになりました。年をとるということは、昨日出来たことが出来なくなること・・・。そしてその中には昨日は記憶出来ていたことが、出来なくなること、も含まれることでしょう。それは実生活の中であちこちに支障が出て来ることと同時に、絶対に忘れたくない大切な想い出を失っていくことでもありますね。そんなことに耐えられるのだろうか、自分は?

いつしか消えてなくなってしまったはずの母が傍らに来て、小さな声で、でもはっきりとささやきます。「今はとにかく精一杯暮らす。それしかないよ」と。

2017年9月26日、夜8時23分。母死去。ありがとう、今になってあらためて母へ感謝する気持ちを噛みしめています。

2017年3月18日土曜日

民泊・・・、その是非に関する個人的なこと。


先に結論を言ってしまうと、「賛成」です。僕のような宿屋業をなりわいとする身にとって、民泊はどうなのだろう?端的に仕事の奪い合いみたいになって、歓迎しないと一瞬思ったこともありましたが、今はとてもいいと思うようになりました。

その一番の理由は、ここ数年の爆発的なインバウンドの増加です。もともと日本のインバウンドの推移は、300~400万人くらいで毎年わずかに増える程度でした(1995~2001年くらいまで)。この微増傾向に、おおいに刺激を与えたのは2002年の小泉内閣(一次)に発足した観光庁のビジットジャパン戦略です(戦略そのものは2003年より)。
http://www.mlit.go.jp/common/001119572.pdf

観光庁の資料にある通り、以降リーマンショックや大震災の影響で足踏みしながらも、インバウンドの増加傾向は加速。2013年には1,000万人を超えて、なんと2016年には2,400万人を突破しました。15年ほどで6倍にも増えた訪日外国人を受け入れる宿泊施設が足りなくなってしまうのは、数字からも明らかです。この5年間だけでも3倍(300%)という激増ぶりです。

さらに2020年には東京でオリンピックを開催することで、この年をピークに政府は4,000万人のインバウンドを実現させるよう戦略を練っています。計画通りにコトが運ぶかどうかはわかりませんが、少なくとも増加傾向はしばらく続くと考えられます。
さて、その受け皿となる宿泊施設ですが、私の経営する様な小さな宿(宿泊数10人くらいの)が増えたところで、1千万人単位で増える訪日外国人の受け皿となるには焼け石に水と言わざるを得ません。大型の宿泊施設はどうかとなると、立地の問題が大きく立ちはだかる上に、初期費用も半端な額ではないために、インバウンドの増加と並行して追いつくほどに建設されるはずもありません。となると既存のモノで代用する民泊は、案外理に適っていると思えるのです。さらには市町村が所有する、集合住宅も選択肢になるかもしれませんね(いろいろ課題もありますけど、利用価値は高そうです)。

また、古くは(参考にならないかもしれないけれども)前回の長野五輪の時に激増した同県内の建物(競技会場もそうですが、宿泊施設も!)が五輪の閉会とともに過剰となり多くの施設が廃墟となったり、閉鎖して解体したりと憂き目に合った。結果だけを見て「見通しのない過剰投資」というのは簡単だが、それぞれにそれぞれの必然があった可能性だってある。このサイトの3番目↓
https://matome.naver.jp/odai/2139218754669500801
順番に倒産に追い込まれて行くさまは目も当てられない悲しい状況だと思うけれども、そうなる過程では、他の多くの健全な施設でさえも危機にさらされていたはずだ。

厚生労働省のwebsiteより

そんなわけで、僕個人としては大型の(過剰な)箱(ホテルや旅館)をじゃんじゃん建てることには賛成しかねる、という判断です。それでもインバウンドが増えるから、ルールをしっかり整備して、民泊をやったり空室の目立つ公団やら市営住宅やらを活用したりがいいと思うんですよね(浅はかかな?)。

補足ですが、インバウンドの増加に政府が舵を切っているのも、ある程度理解しています。これも総論賛成、各論はちょっと・・・みたいなことになるかもしれませんが、国内の人口動態を見たら、衰退ぶりは雪崩を打って起きているとしか思えません。
総人口は緩やかに減っている、というのが現状ですが、その中身たるや65歳以上の老人(65歳でも老人とは言えないほどに活力のある方も増えてはきましたが)が激増中で、その下の年齢層は猛烈に減っている。
生産人口と言える15歳から64歳もがくんと減り、さらに将来労働人口になるであろう19歳以下の人口推移たるや目を覆いたくなるほどです。1億2千万人の日本の人口の中身は、年々歳々「年寄りばっかり」の1億2千万人に変貌しているわけです。厚生労働省の資料↓
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/81-1a2.pdf

その抜粋です。
厚生労働省のwebsiteより


こうなると、ビジネスの先細りは必至。というわけで、政府としてはインバウンドのもたらす経済効果に活路を見出そうとしているのはある面当たり前なのかもしれません。僕たちのなりわいを考えるうえでも、国内のビジネスなら老人向け、そうでなければインバウンドへ訴求するようなビジネスに強いて言えば活路があるのかなぁと感じています。