2013年11月8日金曜日

食材の誤表記に、考えさせられること。

超一流のホテルで供される食事の、材料誤表記・誤表示で、またぞろ謝罪会見のラッシュになっています。そもそも芝エビなんてたくさん獲れるものでもないので、あまりにありふれた材料になっていたように思いますが、この誤表記の問題はかなり根が深いと思うんですよね。
自分自身いろいろな食材を調達して、それを料理としてお出ししていますから、本当に考えさせられる問題です。例えば美瑛の多くの小型宿泊施設(ウチも含めたペンションやコテージ)では、自家製のソーセージをお出ししています。ですから中には何が入っているのか、すべてわかっています。まぁ実際には豚肉と塩と香辛料を混ぜて詰めているだけですから、いわゆる添加物や着色剤や化学何とかは皆無。でも、北海道産の豚肉は、表記を信じて使っています。
あるいはお味噌でしたら実際に農家さんから仕入れるわけですから、これは間違いなく出所は掴めていると言えます。でも、正直魚介類はじめいろいろな食材を仕入れるにあたって、表示を信じて使うことは避けられません。

謝罪会見で説明される内容は、不作為(だます意図は無かった)とどこでも話されていますが、僕自身は作為であったのだろうと疑っています。と、同時に材料の海老を芝海老と表記することについては、もともと無理があるはずだと考えます。
食材は、安定入手が容易でないことは、仕入れをしている方皆さんが直面していることだと思います。主婦の方から大型のレストラン・チェーン店、そして高級料亭やくだんのホテルのレストランの仕入だって例外ではないでしょう。もともとは「今日手に入る、いいと思われる食材」で成り立つ部分は少なからずあるはずですから、芝海老と1度記載したメニューがいつしか独り歩きし、車海老(さいまき)はブラックタイガーに、越前ガニは紅ズワイガニへと変遷して行く可能性は大いにあります。さらにそこにはコストダウンの圧力も後押ししていることは、紛れもない事実なのではないでしょうか?

一方で、食べる側の味覚音痴も事実としてあると思うんです。僕自身、天婦羅になった車海老とブラックタイガーを見分けられるほど海老に深くかかわっているとは言えませんし、味覚が繊細で優れているとも言えません。お恥ずかしいお話しですが、お寿司でたまたまあったカレイとヒラメをお願いしたことがありますが、ほとんど味の差はわかりませんでした。増してや神戸牛なのか米沢牛なのか、たまたま素晴らしい霜降りの輸入の牛なのかとなると、食べてもわからない、と言うのが一般的なような気がします。

総じて食を(料理を)供する側としては、○○の海老等の表現は控えて行く方がいいように感じています。食材にもっともらしい形容を付けてみたところで、美味しくないと本末転倒なように思えてしまいます。天然酵母で国産の小麦で・・・、でもあんまり美味しくないパン(でもってちょっぴり高い)を、ありがたく買うようなことは止めた方がいいですよね。美味しい「食」のために許されるコストの中でそろえた結果、こういう食材を使っています、と美味しい優先で(もちろん安全は絶対優先で)行けばいいんじゃないでしょうか。
お客さん:うーん、今日の海老天、うまいねぇ!
店主:ええ、実は活きのいい車海老がお値ごろで手に入ったもんですからね・・・。
でいいと思うんですけど?

食べる側としては、自分自身の“美味しい”のモノサシがあったらいいと思います。そういう僕自身、これがなかなか怪しくていけませんが、でも、食べることは生きて行く上でとても優先順位の高い「満足」の一部だと考えています。せっかく食事をするんですから、ぜひ美味しく食べたいなぁと。そのためには、食と食材に、少しでも興味を持ったらいいんじゃないでしょうか。メイクイーンと男爵の違いを、料理をする人は誰でも知っていると思います。あまり値段は変わらないと思いますが、何を作るから男爵だ、ということは当然あるわけです。そこからどんどん派生して行って少し食材に知識が加わると、このシシャモは北海道産なのか輸入品なのかはわかるように思います。そうした食べる側(買う側)の目がレベルアップしていくことで、少しでも誤表記の居場所がなくなるように思います。

今日の画像は、美瑛のカフェ「北工房」さんで購入したコーヒー豆。いつも買っているタンザニア(いわゆるキリマンジャロ)が欠品中で、じゃあモカは、と聞くとこれまた欠品。本当に材料の入手って思い通りにいかないでしょ・・・!それならオススメは何かと問うと、これかなぁと言うことでグアテマラの豆を買いました。さっそく家に戻って淹れてみたらこれが美味しいんですよね。うーん、あんまり違いの分からない僕の味覚って、やっぱり問題ありでしょうか?

2013年11月6日水曜日

日本シリーズは、楽天が勝ちましたね!

少し「旬」が過ぎたネタですが、今年のプロ野球日本シリーズは見応えがありました。スポーツで何が好きかと言うと、サッカーも相撲もテニスも好きですが、何と言っても野球は別格です。幼少のころから何は無くてもグローヴだけは僕はじめ運動音痴のあいつも、ひ弱なあいつも持っていたんじゃないでしょうか・・・?これが県別になると不思議で、静岡出身のカミさんの小学生時代は猫も杓子もサッカーだったとか。ま、とにかく愛知県で成人するまで過ごした僕は、うまい下手はさておき野球少年だったわけでありました。

で、今年の日本シリーズです。まさか楽天が先行して勝ち星を挙げるなんて思いませんでした。楽天選手及びファンには聞き捨てならない物言いかもしれませんが、やっぱり投手中心に層の厚さはジャイアンツが圧倒していますから、勢いに乗る楽天でも崩せないだろうと思っていたんです。
ところが展開は違いました。でもって最終戦まで行くとも思えなかった。4勝1敗でジャイアンツ。こう読んでいました。しかし楽天の3勝2敗になった時点で田中を残している楽天が決めるだろうと予想変更。逆に言えば田中で敗れると勢いづいたジャイアンツが連勝して楽天が日本一になれないのはイヤだな、と思う自分もいました。

判官びいきの僕としては、物言わず楽天に肩入れしてしまうのですが、監督の星野仙一はドラゴンズOBでもあり、ここ北海道からしたら仙台&東北はお隣でもあり、3・11の復興にがんばる東北ファンにいい気分になってもらいたい気持ちもあり、予想はジャイアンツ有利と見てましたが、気持ちは楽天でした。

さて、日本シリーズを楽しんだ結論から申し上げると、ちょいと出来過ぎだったようにも思いました。勝って欲しかった楽天が、最終戦までもつれた試合をモノにして日本一になったのですから大いに満足ですが、こんな展開ってまるで誰かの書いたシナリオみたいじゃないですか・・・?ま、書いたとすればそれは神様であろうと思うわけですが、田中投手の動向に注目してちょっと感じたことを書いてみます。
まず、6戦で不敗の彼が負けたということ。しかも2点差を付けられながら、田中は160球投げて完投しました。はっきり言って投げ過ぎですよね。勝っても負けてもこれは球数が多い。昨季から30連勝中の田中が(CS等も入れると32連勝中のはず)、ついにジャイアンツに打ち込まれました。途中から田中のストレートに的を絞り、150kmを越える球をどんどんヒットにして行きました。これで追いつかれて3勝3敗。やっとあたりの出て来た坂本、未だ不発で不気味な阿部が翌日打ち出せば、もうジャイアンツの猛攻を止められるピッチャーは楽天には残っていないような気がしました。岩隈が1ポイントで楽天に移籍してくれたらなぁーと真剣に思っちゃった。
果たして翌日、またしても楽天が先行で得点して行きます。おまけに6戦で当り出した坂本は不調に逆戻りし、阿部に至っては結局シリーズ中不振を極めました。で、出て来たのが前日160球投げた田中です。何でも「志願して」とか。そもそもベンチ入りしていることすら疑問ですが、最終回のマウンドに彼は立ちました。で、走者を二人置き、場合によっては同点の場面を抑えきって胴上げ投手になりました(胴上げされたのかなぁ・・・?)。田中のすさまじさは、誰もが感じたことでしょう。でも、判官びいきの僕は、田中には出て欲しくなかったなぁ。きっと田中がベンチに入らなければ、誰か別のピッチャーがベンチ入りできたはずですし、胴上げ投手の栄冠も誰かが経験できたはずです。もう田中は「これ以上ない」くらいのシーズンを過ごしてきたわけですから、少し他の選手に配慮があっても良かったように感じました。
もっとも田中がベンチ入りしていることで、ジャイアンツも意識し、楽天選手もアイツがいるから勝てる、という気分になったかもしれませんから軽率なものいいはいけませんけどね。

神様、仏様、稲尾様にも迫った田中投手。野村が成しえなかったリーグ優勝、に加えて日本一の栄冠。震災後の東北にたくさんの元気を振りまきながら、星野が何度も宙に舞いました。

後記(11/07):
ちなみにジャイアンツの原監督は、素晴らしい監督だと思います。ジャイアンツのいろいろな体質が原監督の代で変わるはずもありませんが、粒ぞろいの選手を集めて惨敗した年(2006年だったかな)に、彼は選手に言及せず、一身に責任を背負っていました・・・。あれから原ジャイアンツの快進撃ははじまったんじゃないでしょうか。



2013年11月5日火曜日

朝霧に包まれた美しい景色。



瞬く間に、季節が走り去って行くかのような美瑛です。もうしばらくすると、美瑛は銀世界。そうですね・・・、2~3週間後にはすっかり真っ白くなることでしょう。そして「今」の美瑛はその前の晩秋の輝きが見事で美しいです。



ついに落葉松が綺麗に黄葉しました。この輝くような黄色と、秋まき小麦の芽の緑が、美瑛の秋のイメージカラーではないでしょうか。おまけに10月から11月にかけて、朝、霧に包まれる日が多いのです。霧がゆっくりと晴れてくる頃に、少しずつ見えてくる落葉松林の黄色と小麦畑の緑色に出会えます。

霧の出る日はたいていお天気のいい・・・、そう快晴になる日の朝ですね。朝日が燦々と降り注いでいますが、気温は低い。まぁ氷点下まで行くか、行かないかくらいです。綺麗な景色に見とれていると、寒さで指先が冷たくなってしまいます。



薪割りや、自転車の片付け、タイヤ交換なんかに追われながらふと丘に目を向けると、びっくりするような美しさが待っています。

愛車について・・・。

10/27、インドでセバスチャン・ベッテルがF1ワールド・チャンピオン・シップ4連覇。今日(11/3)はポール・ポジションを僚友マーク・ウェーバーに奪われたもののレースでは堂々の優勝で7連勝。圧巻と言う以外に言葉が見つかりません。
一方同じく本日、東北楽天イーグルスが日本シリーズ最終戦にジャイアンツを3-0で下して日本1を勝ち取りました。エース田中は昨日160球を投げて完投するも、2-4で敗戦投手に。にもかかわらず、今日の最終回に志願してストッパー役を果たして見事にリベンジしました。今年のジャイアンツは投手層が極めて厚い上に、息の抜けない強力打線を擁しています。そのジャイアンツとフル試合(7戦)かけての4勝3敗、星野マジック、田中と言う逸材もありましたが、正直まさか楽天が勝つとは思っていなかったので、嬉しい気持ちです(僕は判官贔屓なので、楽天応援してました)。

そんなスポーツ・イベントたけなわの文化の日、朝から小雨の降る日に薪割り(もう来年の分ですけどね)もできず、思い立ってクルマの試乗に出かけました。
そもそも試乗に出かけるのは、気になる車があるとか愛車を購入(買い替え)したいとかの事情があるわけでありまして、当館「四季」の愛車事情を少し記しておこうと思います。当館にBMWの1を迎えたのは、気がつけば2年前。こちらのクルマはさすがに不具合もなく、直列6気筒エンジンはまるでモーターかなぁ?とでも言いたくなるくらいのスムーズな回転と共に、ドライヴァーを至福の領域に誘います。しかも、心配していたよりもトランクが大きいので、もともとお客様の送迎に考えていた役割にはぴったりです。それなら試乗に出かける必要もないじゃないか・・・となりますが、13年を迎えるもう1台の愛車プジョー206がさすがに不具合が多くなってきました。
僕としては、古いクルマに乗り続けることに対して何の抵抗もありませんし、むしろできるだけ長く乗り続けたいと考えています。エコカー減税やるよりも、乗り続け減税やった方が環境には断然いいと思いますが、それじゃ自動車メーカーが困ってしまいますよね。と、またいつもの脱線ですが、14万キロに迫る距離を乗ったプジョーは、リア・サスペンション(右は修理済み)、エンジンのインジェクション(4気筒の内のひとつ)、ラジエーター冷却用のファン(高速側が動いていない模様)、右リアのコンビネーション・ランプのユニットなどなど、手を入れないといけない部分が後を絶ちません。この1年もバッテリーはじめけっこうな修理代をかけて来て、その分愛着も増えて行きますが、いつまでも出費をし続けるわけにもいかないので悩ましいところです。

そんな事情でカミさんとふたりで次期愛車の候補について相談しましたが、
・プジョーの後釜として、コンパクトできびきびしたクルマ。
・できれば4ドアで、マニュアルのミッションがいいな。
・旭川に正規ディラーがあると、もしもの時に安心。
・長く乗りたいので、頑丈でデザインがすぐに古臭くならないクルマ。
・もちろんお財布にやさしい方がありがたいです。
とまぁこんなところが希望の条件ってことでまとまりました。冬季はお客様のご送迎にも出番が多くなるので、そのことも気にしつつあれこれ候補車を探ってみたところ、スズキのスイフト・スポーツ、プジョーの最新型車208GTi、スバルXV(ハイ・ブリッド)、アウディA1、ワーゲンのポロがリストアップされたのです。
現在のプジョーの車検はまだ1年ちょっとあります。来年には消費税も上がりますし、前述の不具合か所の修理などをトータルで見た場合、どういう選択がいいのか、よくよく考えてみないといけないですよね。さらには愛車をBMW1台だけにまとめてしまう判断もあり得ると考えています。

まずは実車を知ろうと出かけた旭川で、スズキのスイフト・スポーツを試乗してみました。
【良いところ】
エンジンはきびきびと威勢よく、元気。
6速マニュアル・ミッションが楽しい。
ちょっと固いけど、懐深いサスペンションで乗り心地良し。
小さいクルマですが、4ドアで使い勝手がいい。
全体的な「運転しやすさ」に親近感あり。
お財布にやさしい価格設定。
【良くないところ】
いくらなんでも・・・と言いたくなるトランクの狭さ。
後席に3人は現実的じゃない(2人プラスお子様まで)。
オーディオがまったく何もない、ラヂオもない。
  →3万円程度でラヂオ&CDを付けられるけど。
やや保守的なデザインで、5年後・8年後はどうかなぁ。
レギュラーだ、と思っていたのにハイオク仕様でした。

続いて鷹栖まで足を伸ばしてアウディへ。お目当てのA1は展示車のみなので、同じエンジンを積む1クラス上のA3に試乗してみました。試乗の感想はA3のものです。
【良いところ】
A1のボディ・シルエットは、とても洗練されていて、オシャレ。
インパネや計器類はシックで、視認性・操作性も申し分ない。
まずまずと感じたスイフト以上に後席は広い。
1400ccながら、ターボ付きのエンジンは十分力強い。
少し固めながら、ダンパーが効いた素晴らしい乗り心地。
ブレーキの効きがいい。
アウディが目指す、クルマ作りのレベルの高さが随所に感じられる。
思いのほか、AT(DSG6速)に違和感なし。
【良くないところ】
モノと不釣り合いとは思いませんが、やっぱり値段が・・・。
軽快というよりどっしり(A1は、もっと軽快なんじゃないかなぁ)。
スイフトよりは随分マシだけど、トランクが狭い。
やっぱりマニュアル・ミッションがいい。

とまぁこんな感じでした。クルマは乗ってみないと運転しやすさや、馴染みやすさなどがわかりません。今日短いながら試乗してみて、随分具体的に感じることが出来たのですが、かえって結論を出すのが難しくなってしまったような気がします。でも、楽しい悩みでもあるわけですから、今しばらく悶々と考えてみようと思っています。

2013年11月2日土曜日

薪ストーヴのやわらかい暖かさにうとうと・・・。




昨年は、10月21日から薪ストーヴのお世話になった。毎年いつ頃薪ストーヴを点けるのか美瑛に来たばかりの頃は意識していたけれども、冬も7回目ともなると「いつものように」って感じになる。今年は今日(11/02)から。少し遅い方でしょうか・・・。

毎年薪の調達及び薪割りは、冬支度の大きな仕事のひとつ。美瑛に来てしばらくの間、当館にやってきた昭和生まれの軽トラックを相棒に、忠別湖近くまで薪材を集めに行っていました。でも、その軽トラックも寿命が来て、今年から丸太を購入することに。
いずれにしてもその後チェーンソーで長さを切って、まさかりで薪を作る手順は変わりません。薪割りしていて思い出すのは美瑛に来た最初の秋。まさかりを振り回すもなかなか薪は出来ず(上手く割れなくて)、ただただ汗をかいて筋肉痛がひどかった・・・。それが年々薪割りに慣れて、けして筋力には恵まれていない僕でも1年分の薪割りが普通に出来るようになるものです!
ペースが出て来るとこれはこれで楽しい作業。3度の食事の方が断然好きではありますが、時の過ぎるのも気にせずに、1日中まさかりと戯れていることもあります。ひとりでやれば、疲れない範囲で自分のペースですから、そんなに辛い仕事ではないんですよね。お客様に暖まってもらう時の、あの嬉しそうな表情を思い出したり、毎日薪ストーヴに火を点ける時に「僕が割った薪で、今日も暖まるぞ」と思ったり・・・。主婦の方が食事の準備をしたり、洗濯物を片付けたりするのと同じように、薪割りで時間がいつしか過ぎている感じでしょうか・・・。

ちなみに薪ですが、木が乾燥していることが絶対条件です。時々2年以上放置して乾燥させた方がいい、のような記載にも触れますが、木の乾燥にはもっと大事なことがあります。
(1)薪用材は、晩秋から初冬に切ったものを使う。
(2)薪にしてからがよく乾く。
(3)風通しのいいところで保管。
とにかく(1)はとても乾燥に影響があります。樹は、秋になると水の吸い上げを極度に絞ります。これは真冬の北海道で樹が凍結してしまわないように、樹自身がコントロールしていると思われます。逆に春に切った木材は水分たっぷりで、2年干しても3年干しても薪材にはならない気がします。晩秋に伐採した木材であれば、少し細かく割って風通しのいいところに保管しておけば、半年もあれば十分薪になるようです。



北海道の冬は、厳しい寒さに覆われます。でも、家の中は薪ストーヴでぽっかぽか!ゆるゆると燃える火をぼんやり眺めていると、なぜか睡魔がやって来てうとうとと・・・。これはもしかすると太古の昔から、火を焚く時に人は獣たちの襲撃の危険から解放されて、緊張を解いた経験が深く刻まれているからだろうか・・・?なんて勝手なことを妄想しながら気が付くと15分ほど眠りに落ちていたようです。

薪ストーヴの暖かさは、何とも不思議なやわらかさ。石油ストーヴや、エアコンの暖かさとはどうしても同じとは思えない僕です。


2013年10月30日水曜日

丘の多くは農家の方の作業場、という現実があります。


今年こそは・・・、今年だけは・・・、今年くらいは真夏の繁忙期に入っても10日に1度くらい更新したかったこのブログ・・・。結局6月15日の記事を最後に、4か月以上も放置してしまった・・・。かろうじて(言い訳みたいだけど)、Facebookの更新は多少はやっていたので、この夏何がどうなったのかを思いだすのには都合がいいですね。ブログを蔑ろにしてFacebookに記事を(というかまぁアップするネタを)更新していると、そもそもブログで何をどう表現しようかと少々考え込んでしまう自分がいます。もともとは「美瑛の今」や「当館四季のあれこれ」をお伝えするのが主眼で、そこに僕個人の趣味や個性が重なって、このブログらしさが醸されて行けばいいのかな、と思っていましたが、主眼の方は概ねFacebookで事足りてしまう。お知合いの中にはFacebookに統一して、ブログは止めたという方もいます。

そんなことをもやもやと考えているうちに、こちらのブログの方はより「僕と言う個人」がもっと出ていてもいいかな、と思うようになって来ました。Facebookの交流度と比べたら断然狭いブログ。こんなものを見て(読んで)下さる方は、きっとFacebookの記事に飽き足らない人に違いないんじゃないかな、でもって僕自身の少々微細な覚書的な存在でいいように思えて来ています。
僕個人の感覚では、Facebookに長々と文章をつづるのは少々いただけない。サラッと書いて、後は写真やリンク先でどうぞって感じ。鮮度の良さみたいなものが大切。ツィッターまでは手を出せていない(今後も予定なし)ですが、単刀直入の意見があれこれと交流して情報交換が活発な感じ。となると、ブログはやっぱりだらだらと文章が長引いて、自己完結もいいよね(でも、その分大変だし、個人の中身が見えちゃうけど)と、どうにか自分を納得させています。

とまぁ前置きが長いのは相変わらずの僕らしさでご容赦いただきたいところですが、今回のお題は秋の美しい美瑛の風景に酔いながら、観光地としての美瑛への思いです。
と言うのは、昨年(2012年)から今年にかけて、美瑛の観光地としての根本的な問題が表面化して来ています。これは美瑛の美しい風景が、丘=畑=農作業の現場=職場=私有地ということに直結しています。僕自身が、そして観光や旅行で美瑛に足を運ぶ人が「うわぁー、綺麗だなぁ」と言って眺めているのは、紛れもない私有地=個人資産ということになります。
そんな丘の風景を、個人の旅の思い出として写真に収めるくらいのことは何も問題にはならないと思いますが、丘に足を踏み入れる、丘の風景や農作業の様子を写真にして販売する、さらには農作業者に「綺麗な景色が見たいから、トラクターを移動して欲しい」と要望する、畑にクルマで入ってぬかるみにはまり、農作業者に救助を請う・・・などなど。書けばきりがないくらいに個人資産としての丘の風景は、危機にさらされています。

これが国立公園、のような存在であれば、国が遊歩道と柵を設置し巡回する監視員兼ガイドを配備し、と手が打たれることでしょうけれども、私有地の畑を守るために税金投入はできません。

美瑛の丘が柵もなく立ち入り禁止看板もなく、という現状は、実は農家(丘と言う資産の所有者)と観光者・旅行者間の最低限の信頼関係があったと思うんです。旅行者が勝手に畑に入ったり作業の邪魔をしないかわりに、お金のかかる柵や看板はなくてもいいや、ということではなかったかと。
ところが2012年度の美瑛町の観光入込数は140万人。お恥ずかしいお話しですが、美瑛に来て間もないころ、僕は「そこは入らないで下さいよー」と農家の方から注意されたことがありました。え、あぜ道なのにダメなの?と思った僕ですが、未舗装部分は畑の一部と言うのが美瑛の丘の基本です。僕からしてその程度ですから140万人の旅行者の皆さんの中には「ここはいいよね?」と少しの悪意もなく畑に入ってしまう方も大勢いるはずです。さらには「ちょっとだけ麦畑の中で写真撮りたいな!」とさらに1歩を踏み入れてしまう人も・・・。

美瑛の丘が、柵だらけ・看板だらけにならないように、どうしたらいいのか知恵を出すことを迫られています。ここでサービス業をなりわいとして生活する僕たち自身が、一番気にしないといけない問題が、もう避けて通れないところまで来ています。
美瑛を訪れた人があたたかい農家の方とのちょっとしたふれあいの瞬間を持っていただけるように、どうしたらいいのか。ただ「あれダメ、そこダメ」と声高に叫んでみるばかりではなくて、それぞれの(農家&旅行者)という立場を、それぞれが信頼し合うことができるように、どうすればいいのでしょうか?いろいろな水際作戦が立案されていますが、それは即効性のある策として実施していただくとして、一方で農作業というものを知る機会があまりに無さ過ぎるように感じてもいます。農作業や農作物を連続的に続ける実情を知れば自ずと「畑に無断で侵入する」ような行為が減って(さらにはなくなって)行くような気がします。

2013年6月15日土曜日

丘を彩る美しい畝。


昨年も、ブログの更新が6月に入る頃から滞り出して、7月にはついに更新せずで終わってしまった・・・。そこへ行くとFacebookは気が楽で、あれこれ難しいことを考えることもなく写真とちょっとしたコメントだけで記事をアップしていくことができますね。できればFacebookにこまごまと(あるいはとりとめもなく)記載して、少し気になったことについてブログに書き記して行けたらいいなと思うものの、その気になったことに解を見出す間もないままに時間が流れ去って行く感じです。
何とか10日に1度くらいは記事をアップしたいなぁー。書きたいことはたくさんあるんだけど・・・。

さて、今回のお題は「畝の美」とでも言ったらいいのかな、とにかく丘を彩る耕作の軌跡が何とも美しくて、毎年この時期になると見とれてしまいますね。特にどこぞの畑がとびきり芸術的!ってわけではなくて、美瑛の畑はどこも美しい幾何学的ともいえるラインに覆われています。
それで思いつくのが、京都とかの庭園の玉砂利。あの白い玉砂利に描かれている、何とも言えない美しい紋様に、美瑛の丘の畝のラインも通じるものがあるんじゃないかと・・・?まったく関係ないことなんですけれども、こんなところに日本人の几帳面さと美意識が表れているように感じてしまいます。

もしもアメリカ人が耕作したら、もう少し遊び心のある畝を作ったかもしれないなぁー。フランス人なら美的センスを最優先にアートの世界を描き出したかもしれないし、中国人だったら何か目立ったマーキングを施したりしたのかもしれません。少なくとも、見ただけでどこのどちらさんかわかるような雰囲気は出ていたのじゃないだろうか?
そこへ行くと、北の果ての北海道だって、紛れもない日本。日本人のハートは、どうしても几帳面で強い個性を放とうとはしません。でも、トータルとしてみた時の美学は、しっかり息づいている。うーん、なんなんでしょう、この「日本人らしさ」みたいな気配って?

やがてジャガイモ畑(真ん中の写真です)に芽が出て花が咲きます。その花も、きちんと整列していて、お花畑でもないのに本当に綺麗になる事でしょう。
どこまでも続く美しい丘の畝のラインに見とれながら、あー、日本の絵だなぁ!と、ひとり心和む時間を噛みしめている僕です。