2014年4月29日火曜日

他愛もなく・・・(アリス・マンローを読みながら)。

超割り、という範疇の今までにない割安運賃でエア・チケットが入手できるように昨年あたりからなっていた。最寄りの旭川空港から中部空港まで行くのに、少し気軽になった。行きはフェリーで、帰りはANAの超割りでスケジュールを決めて、ひさしぶりの帰省を予定通りに過ごすつもりでいた・・・のだけれども、そうはいかない事情が、いつものようにと言いたくなるくらいに割り込んで来る。
仕方なく、行きの予定だけを変更すればどうにかなるようでもあり、カミさんに予定通りにフェリーで行ってもらって、僕だけエアで数日後に愛知県に向かうことにした。ところが、そのタイミングが移動の3週間前くらいになってしまったうと、思いのほかANAのエア・チケットはハードルの高い価格帯に鎮座していて、僕には少なからず高嶺の花といった具合だ。フェリーの乗船価格がほとんどいつ予約しても変わらないのに比べると、随分な違いだ。

結局ひとりで愛知県に向かうルートは、千歳からジェット・スター便を利用することにした。美瑛から旭川経由で札幌を越えて千歳空港に行くJRの代金(特急料金込みで4千円弱でどうにか入手可能)を足しても、旭川空港から出るANA便より随分安価に利用できる。
問題は(問題でもないんだけど)、搭乗前の制約(おもに時間的な)がけっこうあること。座席指定をしない(すると指定料がかかる)とか、最低限の手荷物しか持ち込まない(こちらも利用料を払えば解決する)とかは仕方ないとして、時間の制約はけっこう待たされることを覚悟しなくちゃいけない。少しタイトなダイヤで空港に行って、何らかのトラブルでJRが遅れようものなら、たちまち僕のフライト・チケットは無効になってしまう・・・。
そんなわけで僕は2時間少々も余裕をもって空港に到着し(こういう場合、まず間違いなく列車が遅れることはない)、あらかじめ決めておいた少しのお土産を手に入れた後、僕は多少なりとも待ち時間を持て余さないために空港内の本屋へ向かった。
いくつか気になる本をあれこれ手に取りながら、結局2冊を買うことにした。そのうちの1冊がアリス・マンローの短編集(帯によれば最新にして最後の短編集ということらしい)だ。マンローの本を読むのは初めてで、僕のわずかしかない予備知識は、2013年のノーベル文学賞作家だということくらいだった。ここ数年同文学賞は、村上春樹氏がイギリスのオッズでは掛け率最低で一番人気になっている。2012年もそうだったけれども、2013年はかなりの信ぴょう性で村上氏が同賞を受賞するとメディア各紙は伝えていたように記憶している。その村上氏を差し置いて受賞したマンロー女史は、短編の名手ということになっているらしいので、購入した「ディア・ライフ」をフライトの待ち時間に読む、というアイデアは、悪くはないと思われた。

僕はまだ1時間ちょっとある待ち時間に、最初の“日本に届く”を瞬く間に読み終えて、次の“アムンゼン”のストーリーを追っていた。60ページほど進んだあたりで、ふと空港内のアナウンスが気になった。それまでも仙台行きの、とか羽田行きのというアナウンスは聞くともなく聞いていたのだが、当然自分には関係ないし時間的にもまだ少し(これが長く感じる少し)はあるはずだということを、自分で言い聞かせてもいた。それでも本をちょっと集中して読んでいて、ふと目を上げてみると、携帯(ガラケーです)の時刻はフライト12分前になっているではないか・・・!あれ、何かおかしいぞ。周囲の人がゲートに並ぶ様子もなかったのに。そう思う僕の横を、係員の人が「名古屋行きをご利用の方は・・・お急ぎください」と駆け足に近い早足で、半分叫ぶように呼びかけながら通って行く。
そうだった!LCCのジェット・スターのゲートは、LCCに見合うべく(?)この出発ロビーの階ではなくて、1階上の3階に設けられていたのだ!!!エスカレーターを2段跳びで駆けあがり、ゲートに向かって可能な限り全力で走る。幸いアウトになるほどの時間ではない。息を切らしながらゲートを抜け、小走りで飛行機の中に駆け込んで、自分の席(18Fで窓際席だった)にもぐりこんだ。手前の小柄でブルネットの髪の女性にいったん立ち上がってもらいながら。やれやれ、マンローの短編小説が秀逸かどうかを語るほど僕は文学的な造詣は深くはないけれども、少なくともフライト時間を見失うほどのめり込んでいたのは間違いない。

フライト後、間もなく僕は浅い眠りに落ちてしまった。きっと搭乗間際の駆け足が効いていたのだとは思うが、眠りに落ちるとすぐにマンローのストーリーの中に僕はいた。主人公ではもちろんなくて、言ってみれば透明人間で声が出せないけれども、好きなアングル(樹上とか、水中とかでさえ行くことのできる場所)から展開を見てとれる立場だった。それは僕の頭がろくにないカナダの知識をかき集めた上に妄想を膨らませ、ちょっと不思議なカナダの田舎町で、もちろん登場人物もみなカナダ人(いわゆる白人)なのだ。さらには、彼ら(彼女ら)は、はっきりと僕にわかる英語で(意味も分かる英語で)話し合っていた。まぁそれは紛れもなく簡単な単語を手短に並べただけの、本当の英語とは全くの別の言語だったのは間違いないと思うけれども・・・。
ほどなく、僕はCAに起こされていた。倒れている座席の背もたれを定位置に戻すよう注意された。マンローの世界と現実の機内との狭間で頭をゆっくりまわしながら、着陸態勢に入りつつある機内の中で、1時間以上も時間寝てしまったんだな、と思った。僕が頭をまわすのをやめるのを待っていたかのように、隣(厳密には隣は空席だったので隣の隣、18D席)のブルネットの彼女が「スイマセン・・・、エート、トッキョニムカッテマスカ?」と尋ねてきた。何言ってんだこのお姉さんは、と横を見ると、ブルネットの彼女はマンローのストーリーさながらの白人なのだ。僕は精一杯の英語を駆使して、“No no, This plane will arrive at Nagoya, soon.”と答えると、彼女はいたく安心した表情になった。まだ20代前半と言った、幼ささえその表情には滲んでいた(ような気がした)。せっかくなので、日本はお好きかとか、どのくらい日本にいるのか、てなことも(あきらかにオジサンの悪趣味だと今では思うけれども)聞いてみた。真摯に受け答えしてくれる彼女だが、回答は必ずかなり解読に想像力を必要とする日本語で、そもそも僕の英語の質問は理解できにくそうではあった。多少日常で英語を使うことがないでもない僕としては、ちょっとへこんだかと言えばそうだったと思う。意を決して最後の質問、どこから来たの?を投げてみた。すると彼女はやっぱり日本語で「フランスデス」と言う。どうりで英語は今一つだったわけだ・・・、でもって彼女がフランス人形のようだったという点も、忘れることなく付記しておこうと思う。
さらにマンローの誘う世界が、現実と夢うつつとで交錯して、少しも移動時間を持て余すことなく実家に戻れたのは、紛れもなくマンローのおかげだ、ということももちろん付記すべきことだと思う。

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